日々の名残り~The Remains of the Days~

震える羊たち

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1.
いつもより、帰りが遅くなってしまった・・・。
思ったよりも時間がかかってしまったな・・・。
雑木林を抜け帰路に着く・・・。

20分ほど歩くと見慣れた道に出た。
僕らがいつも一緒に登下校をした道だ。
たっくんと一緒に歩いた学校帰りの道のりを一人で歩くのはなんだか味気なく感じる。
土手沿いの道はすっかり日が沈んでしまって犬を散歩する人の影すらない。

「たっくんがいなくなってからもう3か月経つのか・・・。」
校門の前でたっくんと記念写真を撮った頃、大きく感じた制服も今ではちょうど良いサイズとなった。
僕の体が今くらいに大きくなることを見越して親が当時の僕には大き過ぎるサイズを選んだのか。
それとも、大きすぎる学生服に合わせるようにまるで大きな鉢植えに植え替えられ、それに合わせて成長した植物のように僕が成長したのかは定かではない。

たっくんといつも別れを交わした住宅街の並ぶ道の曲がり角。
薄暗くなった道を街灯の明かりが照らす。
街灯のその下に視線を向けるとそこには、まだ庇護の対象として守られるべきであろうはずの小さな子犬が薄汚れた段ボール箱に入れられて小さく、そして弱弱しく鳴いていた。
この小さな生き物は、今現在自分の置かれた状況、このまま誰も救いの手を差し伸べなければ自分に訪れるであろう悲惨な結末のことなど知る由もないのだろう。
可哀想と憐れむ気持ちよりも、捨てた人間に対する怒りの気持ちで顔が熱くなるのを感じた。
そういえば、たっくんがまだ生きていた頃、同じような場面に出くわしたことを思い出す。

2.
それは僕らが揃いの黒い制服を着る前、まだ小さな体に不釣り合いな大きなランドセルを背負って学校帰りに彼と先ほどの河川敷沿いの道を帰っていた時だ。
「たっくん!もうすぐ誕生日だね。プレゼントは決まった?」
「変身ベルトと合体ロボットのどっちかかな?難しい選択だ!」
「せんたく?どっちもいいな!僕もたっくんと同じの頼もう!」
二人で、来月に迫ったたっくんの誕生日の話をしながら歩いていると突然、たっくんが河川敷の橋の下へと走り出した。
「たっくん!?」僕も慌てて彼の後に続いた。
そこには小さな箱に無理やり詰め込まれた五匹のまだ目も開かないような子猫たちが入っていた。
僕はその時に可哀想だという気持ちよりもなんだか恐ろしいという気持ちが勝ち思わず後ずさった。
そんな僕の様子を気にも留めず、彼は近くに落ちていた大きめの段ボール箱を拾い上げ、中に自分の体操着を敷き苦しそうに鳴いている猫たちを一匹ずつ段ボール箱へと優しく入れてあげた。
「なんで、こんな風に生きたものをまるで物のように捨てるんだろう。」子猫に触れる優しい手つきとは裏腹に彼は怒っているのか悲しんでいるのかわからない顔をして言った。
僕は、何も出来ずにいる自分と先ほど自分が持った気持ちを恥ずかしく思った。
彼は昔から僕が持ち合わせていない勇気と正義感を持っていた。
いつも僕はそんな彼に後押しされようやく行動できるほどのちっぽけな勇気と正義感しか持ち合わせていない。
いつだって彼がいなければ僕は目の前で起こる悲劇をただ見続けている傍観者である。

大きな段ボール箱を二人で抱え、彼の家へと向かった。
日本で一年間に捨てられる犬猫の数は数十万匹にもなるそうだ。
それだけ平然と生きた動物をごみのように捨てる人間がいる事に怒りを覚える。
子供が捨て猫や捨て犬を拾ってくるというのは、フィクションの世界でも実際の生活でもよくある出来事である。
アパート暮らし、家族が動物嫌い、先住のペットがいるなどの理由がなければわが子可愛さや捨てられた動物に情が移りその家の家族の一員として受け入れられるだろう。
だが、一度に五匹となるとやはり難しい・・・。
もちろん彼の母は、首を縦に振らず、僕たちも必死で頼み込み、一週間の猶予の間に飼い主を見つけなければ保健所に連れていくと条件を出された。
泣く泣く僕たちはその条件を飲み、次の日から学校や近所で飼い主になってくれる人を捜した。
それだけでなく、猫たちの写真をつけたビラを作りお店や家々を巡った。
結果として、4匹は無事に貰い手が決まったが、最後に残った5匹の中で一番小さな黒猫だけがなかなか貰い手が決まらずに約束の日を迎えた。
結末から話すとその小さな黒猫は彼の家族の一員となった。
彼は、来月に迫った自分の誕生日プレゼントと今年のクリスマスプレゼントを犠牲にして黒猫に居場所を作ってあげたのだ。
チビと名付けられたその黒猫は僕らがお揃いの黒い制服に袖を通す頃には名前とはかけ離れた太々しさすら感じるデブ猫へと成長していた。
だが、彼がこの世から消えてしまってからチビは少し痩せてしまった気がする。
彼の死後、定期的に彼の家を訪れる僕を見てチビはまるで僕を責め立て蔑むような眼で見つめる。
まるで彼の死がすべて僕の責任であるように・・・。

3.
鮮やかな色で温厚そうな美しいだけの熱帯魚の世界にもいじめはあるそうだ。
本能的に弱い個体を攻撃するのは動物の本能であるのかもしれない。
だからと言って理性を持った動物である人間が本能だから仕方ないと弱いものをいじめ、攻撃し、時には殺してしまうことを肯定していいわけがない。

僕らの中学は、近隣の三つの小学校の卒業生からなる。
中学というのは、自我が構成されつつある幼い頃から一緒である小学校や同じ学力や比較的近い能力の人間が集まり、ある程度自分という人間が構成され始める高校に比べると人格の形成が不安定で人間関係が複雑化し、所属する人間も最も多様化している。

僕と彼は小学校までずっと同じクラスだったが、中学に入りはじめて違うクラスとなった。
入学式が終わってまもなく、僕らと同じ小学校に通っていた運動も勉強も苦手でおっとりした太田君が隣の小学校のガキ大将的な4人組グループにいじめの標的とされた。
最初は、軽い冷やかしや小突いたりする程度だったが抵抗しない太田君の態度を見て、連中の行為は徐々にエスカレートしていった。
入学式から半年が経とうとする頃には、教科書に落書きをする。私物を隠す。しまいには、痣が残るほどの暴力や金銭を要求し始めていた。
いじめなんて簡単な言葉で表されるがやってることはどれも犯罪行為だ。
それでも、もし彼らの行為が学校中や世間にばれたとしても良くて停学程度の罰しか与えられない。
そんな罰で彼らが更生するなどと本気で思っているバカは一人もいないはずだ。

連中は教師たちやほかのクラスのやつにはバレないよう隠喩する程度の狡猾さを持ち合わせていてクラスメイトである僕らしか太田君の置かれた悲惨な学校生活の内情を知る者はいなかった。
連中は「少しでも太田君の味方をしたり、教師やほかのクラスのやつに喋ったら同じ目に遭わす。」と僕たちに警告した。
そして、僕たちは誰一人太田君を助けず、ただ目の前で行われている惨劇を見る観客のようにその様を傍観した。
自分たちが安全に穏やかに暮らすための生贄として太田君を連中に差し出しておいて自分たちも同じく、連中の暴挙に脅かされる被害者のような顔をした。
まるで狼に睨まれ震えるだけの羊のように僕たちは沈黙を貫いた。

4.
自体が大きく変わったのは、僕たちが二年生に上がりクラス替えが行われてたことによってだ。
きっと、太田君は、連中と同じクラスにならないよう必死に願ったのであろうがその願いは残念ながら叶うことはなかった。
残念ながら例の4人と一緒のクラスではあったが1年の頃と違ったのは、たっくんが同じクラスになったということだ。
僕はまたしてもたっくんと違うクラスとなってしまった。
たっくんは当然のように太田君を庇った。
いじめっ子連中の反発はもちろん。
被害者面した傍観者たち・・・あの沈黙を示すのみであった震える羊たちの反感も買った。
太田君はそんな状況に耐えきれず、それからすぐに不登校となった。
そこからは、まるで魔女狩りにあった被害者、クーデターに失敗した反逆者のようにたっくんはクラス中の人間から被弾され太田君がされた以上に酷いいじめを受けた。
それでも、たっくんは自分の正義を貫き耐えた。
僕に迷惑が掛かってはいけないと思ってか、学校では僕の事すら避けるようになった。
いつもと変わらぬ笑顔で「俺なら大丈夫だ。」と彼は言った。
馬鹿な僕はそれを信じ、鵜呑みにした。いや。本当はこのままじゃいけない。大丈夫なわけがない。とわかっていたのに自分の身を守るために彼を見捨てたのだ。僕も1匹の臆病な羊に過ぎなかった。

どんなに強い英雄であろうとヒーローであろうと限界はある。
その年の10月、たっくんは自ら命を絶った。
信じられなかった。
(いや。本当はこの結末を予期していた・・・。)
あんなに強い。僕のヒーロー。僕の憧れた人・・・。
(いや。彼はヒーローではなく僕と同じただの中学生だ。)
教師を含め誰もいじめについて触れず、ありきたりな理由でたっくんの死を隠喩した。
許せない・・・。主犯のあの4人・・・。差し伸べた手を引き寄せ自分だけ逃げた太田君・・・。ただただ傍観していた被害者面の奴ら・・・。
気づいてたくせに何もしなかった教師・・・。そして・・・何より彼を一人にした僕自身を・・・許せない。

たっくんの死でようやく僕は持ち合わせた微少の勇気を振る決意をした。
遅すぎる決断・・・。これで、たっくんが報われることも喜んでくれることも恐らくないだろう。
自己満足と言われればそれまで・・・。
それでも・・・何かせずにはいれなかった・・・。
忌々しい下劣な狼狩りは終わらせた・・・。
次はあの震えるだけの羊達・・・。



5.
子供たちを襲った悲劇 給食に農薬混入。
○○県△△市の公立中学校で、生徒らが17日昼に給食を食べた後、相次ぎ不調を訴えた。
給食の味噌汁に農薬が混入され、35人が頭痛や吐き気を訴えた。
同校では、3日前から4人の生徒が行方不明で現在警察が同事件との関係性も含めて調査中である。

交番に向かう途中、例の街灯が照らす曲がり角を通る。
先日、僕が救えなかったあの犬の姿はなかった。
誰かに・・・できればたっくんのような人間に拾われることを願う。
少し気持ちが軽くなった気がする・・・交番へと僕は歩を進める・・・。
僕のヒーローへの僕なりの弔いは終えた・・・。
後悔はない・・・。
彼は僕にとって憧れのヒーローだった。


6.
いつからだろう・・・。
外に出るのが怖くなったのは・・・。
両親ともうまく話せなくなったのは・・・。
僕は中学に入ってすぐいじめの標的となった。
いったい彼らに僕が何をしたというのだろう?
辛く惨めだった。毎日が地獄だった。
それでも、家族に心配をかけたくないと思い学校に通い続けた。
僕はあの4人が恐ろしかった・・・。
だが、それより恐ろしかったのは、まるで僕の事が見えていないように、そこに存在していないかのように振舞うクラスメイトの態度だった。
二年生になり、クラス替えでようやく解放されると思ったがそうはならなかった。
また辛い毎日が始まることを思うと死にたくなった・・・。
だが、そんな僕の前に救世主が現れた。
2年になって同じクラスになった神崎匠君。
彼は初めて僕の味方になってくれた人物であった。
僕は救われた。ようやくこの毎日が終わると思った。
だが、彼の勇気ある行動は事態を悪化させただけだった。
僕への攻撃はもちろん、彼への攻撃が始まった。
自分に対するものなら何とか我慢することはできた。
でも、僕のせいで誰かが傷つくのを見るのは耐えられなかった。
僕は手を差し伸べてくれた彼を置き去りにして逃げた・・・。
それから一度も学校には行っていない。
それどころか自分の部屋からすらほとんど出ることがない。
僕の部屋の窓から見える景色の範囲だけが僕の接する外の世界だ。
僕に手を差し伸べてくれた彼がどうしてるのかだけが気になった・・・。

7.
家の向かいにある電灯の下に何か見慣れないものが見える。
段ボールのようだ。粗大ゴミだろうか・・・。

日が沈んできたのを確認し、カーテンの隙間から窓の外を覗く。
電灯の下に学生服を着た僕と同い年ぐらいの男がいた。
段ボールの中身を見つめている。
その時、ふと思った。もしかしたら段ボールの中身は捨て犬か捨て猫なんだろうかと・・・。
学生服の彼が拾ってくれることを期待したがそうはならなかった。

夜中に雨の音で目が覚めた。
家の前で寒さに震える段ボールの中にいるであろう小さな動物の事が頭をよぎった。
雨脚はどんどん強くなる。
ふと僕に手を差し伸べてくれた彼の顔を思い出す。
彼ならきっと雨に濡れ、寒しに震える動物にも手を差し伸べるのだろうと思った。
震える手で必死にドアノブを握った。
家族に気づかれないよう足音を忍ばせて階段を下りる。
脱衣所からバスタオルを取り、一呼吸置き何百日振りに玄関のドアを開けた。
久しぶりのひんやりとした外気に身震いする。
辺りに人がいないことを確認し、電灯の下へと急ぐ。
そこには、不思議そうにこちらを見上げる白い子犬の姿があった。
恐る恐る抱き上げ、バスタオルで包み開けたままの玄関へと戻る。
彼はいまどうしているのだろう?いつかもう一度会えるならあの時言えなかった謝罪と感謝を述べたい。
彼は僕にとってのヒーローだ。

8.
風が随分と冷たくなってきた。遠くに見える雑木林の木々が不気味に揺れる。
昔から高いところから見る景色が好きだった。
立ち入り禁止の屋上の鍵が壊れて屋上へと入れることに気づいてから一人になれるこの場所によく訪れるようになった。
ヒーローというのは楽じゃない。
自分が傷つき、被害を被ることが分かっていても正義のために戦わなければなれない。
昔から自分が情景の念を抱いてきたヒーローたちに比べて自分の無力さ、非力さに心が折れそうになる。
それでも、一度やると決めたことは貫き通す。
俺は、目の前で救いを求める相手を見捨てることはできない。
その相手が、自分の手に届く範囲にいるのなら手を差し伸べたい。
誰もいないはずのこの場所で微かな気配と小さななにか鳴き声のような音がした。
耳を澄ます。良く聴き慣れた動物の鳴き声が聴こえる。
「オマエ。そんなところで、何してんだ。今助けてやるからな!」
こちらを見て、拾われてきたときのチビのような小さな黒猫がまた小さく鳴いた。
フェンスを乗り越える。
また、遠くの雑木林が不気味に揺れた。


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