日々の名残り~The Remains of the Days~

誰かをさがすために

きょうもあなたは

何をさがしにとぼとぼ歩いているのです、

まだ逢ったこともない人なんですが

その人にもしかしたら

きょう逢えるかと尋ねて歩いているのです、

逢ったこともない人を

どうしてあなたは尋ね出せるのです、

顔だって見たことのない他人でしょう、

それがどうして見つかるとお思いなんです、

いや まだ逢ったことがないから

その人を是非尋ね出したいのです、

逢ったことのある人には

わたくしは逢いたくないのです、

あなたは変った方ですね、

はじめて逢うために人を捜しているのが

そんなに変に見えるのでしょうか、

人間はみなそんな捜し方をしているのではないか、

そして人間はきっと誰かを一人ずつ、

捜しあてているのではないか。

誰かをさがすために 中原中也
KAZ20141025-PA250087_TP_V.jpg
もうすぐまた一つ年を取る・・・。
いつからだろう。自分の生まれた日を素直に喜べなくなったのは。
少なくとも10代の頃は素直に喜べていた。それどころか、その日を迎えただけでその前日とは違う大人な私になった気分に浸ることができた。
そうゆう意味では、4月生まれの私はクラスの誰よりも早く大人に近づけていたのだろう。
昔はそれが誇らしかった。だが大人になった今では、同級生の誰よりも早く30代を迎える、40代を迎える、還暦を迎えると考えてると何の罪もない両親にいわれのない不満をぶつけたくなる。

誰かが言っていた「年齢なんて名前の後ろに付くただの記号でしかない。」と確かにそうかもしれない。
それでも、多くの人はそのただの記号で人を判断する。
男性に至っては、賢い主婦が一日でも賞味期限が先の食材を求めるように少しでもその後ろに付く記号が小さい女性を選び抜こうとする。
実際、私もその選考に漏れた一人なのかもしれない。

私には学生時代から付き合っている彼がいた。
付き合った当初は、どこにでもいるほかの10代のカップルのようにその相手に恋してるのではなく、恋というもの自体に恋していたのかもしれない。
恋愛ドラマや少女漫画のヒロインに自分を重ね合わせる10代の自分が記憶の断片に蘇る。
彼との些細なすれ違いや喧嘩で人生そのものに絶望や悲嘆を感じたり、彼の些細な優しさや私を思う言動、二人で刻んだ思い出を一生の宝物のように大事にしていた。
思い出とはいいものだ。その思い出が月日を重ねるごとにどんどん鮮やかになっていく。
人は失ったときに本当の価値を知り、それを惜しむという。
はじめは、恋に恋していた私達だったが二人で過ごす月日を重ねるごとに思い出を積み上げ、お互いにかけがえのない存在へと変わっていった気がする。
それがいつからか自分が捧げた月日を惜しむかのように、その関係をただ持続させ続けていたのかもしれない。
それでも、私達の関係はお互いに無理やすれ違いをしていてもなんとか続いていた。
だが、そんな取り繕った関係も一瞬で、そして、一つの些細な出来事で終わりを迎える。

付き合って10年目の記念日ともなるとお互いに気怠い学校行事をこなすような感覚に変わっていた。
その前の年の春、彼は仕事の関係で隣の市に引っ越すことになった。
このとき、今の仕事を辞めて私が彼に付いていったら今も彼との関係は続いていたのかもしれない。
あるいは、彼との関係だけでなく、仕事も一緒に失っていたのかもしれない。
お互い仕事が忙しいこともあり、その前から少しづつすれ違いお互いに相手の存在が希薄になっていた。
このままではいけないと私は慣れないサプライズを考え、友達に相談し、実行に移した。
結果は散々だ・・・。
その日の仕事終わりに彼のアパートを訪れるとまだ部屋に明かりがついておらず、私は彼の好きな料理を作り、買ってきたケーキを冷蔵庫に冷やして彼の帰りを待った。
しかし、時計が次の日を告げても彼は帰ってこなかった。
携帯への連絡も返ってこない。
待つことを諦めた私は、沈んだ気持ちのまま料理にラップをかけ、メモを残し彼のアパートを出た。
彼のアパートの階段を下りているとアパートの前に見慣れた車が見えた。
沈んだ私の気持ちが一瞬でなくなった。
眩しいライトが消え、車内の様子が外の街灯の光ではっきりと見えた。
私が見慣れたはずの車には、私の見たことのない女が乗っていた。
明らかに私よりも若いまだ幼い面影のある女の子と女性との狭間にいるような女が・・・。
彼と目が合う。
今思うと罪を犯した人間が逃げ場をなくし、その罪を自白するようなあるいは、小さい子供が親に悪戯がバレたときのような表情だった。
そこからの記憶はあまりはっきりと覚えていない・・・・。
今思うと、私がもうこの関係はだめかもしれないと思うよりももっと前に彼の気持ちは冷めていたのかもしれない。
それから、彼には会っていない。何度も携帯に着信や留守電、メールが入っていたが無視した。
そのどれもは、まるで、浮気した男の謝罪文というテンプレートがあるような聴き慣れた陳腐な言葉やこれまた陳腐な愛の言葉が並ぶ内容だった。
共通の友人に事の次第を話し、別れを告げ、私達の10年間の関係は終わりを告げた。

私を心配して友人たちが頻繁に飲み会に誘ってくれたり、男性を紹介してくれた。
以前よりもたくさんの男性に会う機会が増えた。その中でいいなと思う人もいたが、彼の呪縛にまだ憑りつかれているのか、まだ会ったことのない誰かを求めているのか、どの男性とも関係を築くことはなかった。
陳腐な言葉だが運命を感じる相手とは思えなかった。
それは、きっと友達が無理やりセッティングした飲み会の席という無理やりに作られた出会いの場で、これがまた違う場所、タイミングであれば運命的なドラマチックな気持ちを感じ、自分はその人と恋に落ちていたのかもしれないと思ったりした。
このとき、私は自分が悲劇のヒロインとでも思っていたのかもしれない。

ふと、会社の30代後半の先輩を思い出した。
若い頃はすごく美人でモテたのだろうなという女性だ。
数年前から婚活に力を入れていた。一度、結婚相手の条件についての話をしているのを聞いたことがあるが「日本にそんな人は何人いるのだろうか?」と誰もが思うような厳しい条件だった。
私が心のどこかに持っている「白馬の王子様がいつかきっと私を迎えに来てくれる」というプリンセス思考をこの人も持ち合わせていることに同族嫌悪のようなものを感じつつ、このままでは、自分も数年後には同じような女になるのではないかと不安駆られた。
人は失ったときに本当の価値を知り、それを惜しむ。そして、次は失ったもの以上のものを得ようとするものだ。
きっと、この人は私よりも大きな何かを過去に失ったのだろうと思った。

友人たちの私の傷心を癒すキャンペーンが終わると少し気持ちが楽になった気がする。
今は無理に出会いを求めなくても良い気がした。
友人たちのキャンペーンでは、自分の求める形の出会いはない気がしたし、独り身の期間を設けるいいのかもしれないと思った。
それに、私はまだ彼の呪縛から逃れられていない気もした。
それから、もう少し白馬の王子様を待ってみるのもいいかもしれないと思った。

それから、休日や仕事終わりは自分の好きなように過ごした。
友人と食べ歩きや旅行に出かけたり、一人でカフェで過ごしたり、フラワーアレンジメントやヨガ教室に通ったりもした。
誰にも縛られず心地良さを感じることが多かったが、たまにふと物凄く孤独な気持ちになることがあった。
何の予定もない仕事帰りや休日一人で過ごしているとき、朝起きたとき、夜寝る前突然その気持ちが溢れ出してくることがあった。
彼と出会ったときも唐突に物凄く孤独な気持ちに苛まれているときだった。
もちろん白馬には乗っていなかったが運命のような何かを感じた。
それは仕事帰りのある日、雨の中私と同じように道の隅で孤独に震えていた彼がいた。
彼と目が合うと私を呼んで泣いているような気がした。
彼を連れて家に帰り、冷え切った体を温めてあげた。
彼がタオルを積み上げた上で安心しきった顔をして寝息を立てている間で、近くのコンビニできっと起きた時にはお腹を空かしているだろうと彼のご飯を買った。
コンビニの袋を持ち私がドアを開けると眠っていたはずの彼は私を出迎えてくれた。
心にぽっかりと開いた穴が少し塞がった気がした。
それからは、以前のように物凄く孤独な気持ちに苛まれることが少なくなった気がする。
何気ない日常が前よりも楽しく感じた。
仕事であった嫌な事や愚痴を彼は静かに隣で聴いてくれた。
仕事帰りに家にまっすぐ帰ることが増え、休日も家で過ごすことが増えてた。
出会った頃はあんなに小さく弱弱しかった面影はもはやなく、彼は立派な愛らしい猫へと成長していた。
日に日に彼への愛情は増していった。

彼と過ごし始めて、一年が経とうとしていた。
毎日が充実していたことは変われなかったが、またあの気持ちに苛まれるときが増えた気がする。
このままは猫と二人気ままに生きていくのもいいかもしれないと思いつつ、猫には埋められない心の隙間があることも自分でわかっていた。
こんなことを考えるのは、誕生日が近づいているからだと思う。
そんなことを思いつつ、彼のご飯のストックがあまりないことを思い出す。
仕事帰りに近くのコンビニに立ち寄る。
レジに自分の夕ご飯のサラダとキャットフードを持ち向かう途中後ろから声を掛けられた。
「あの~。もしかして」声に反応して後ろを振り返る。
人の好さそうな爽やかな笑顔をしたスーツの男性が照れくさと不安が入り混じった笑顔を私に向けていた。
なんだか見覚えのあるその笑顔を思い出すため、私は自分の記憶を遡った。
友達たちが企てた私のための傷心キャンペーン期間の飲み会にいた人だと気づく。
そして、その柔らかな笑顔に自分が好印象を持ったことも一緒に思い出す。
「以前、飲み会で会った・・・。」
私が覚えていたことに彼はすごく嬉しそうなまるで親に褒められた子供のような笑顔を向けた。
そして、嬉しそうな彼の手には私の手の中にあるものと同じキャットフードがあった。

家で待つ彼と出会ったときに感じたような気持ちが自分の中から沸き上がってくるのを感じた。
全ての出会いは、どこかで繋がっているのかもしれない。
その年からずっと誕生日を迎える私の隣にはあの日出会った笑顔の彼が寄り添っていた。
二匹の猫とともに・・・・。


秋田県ランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 

↑1日1クリックで応援お願いします。

スポンサーサイト

Newest

Comment

Leave a comment

Designed by Akira.
Copyright © 日々の名残り~The Remains of the Days~ All Rights Reserved.