日々の名残り~The Remains of the Days~

理想の家庭

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いつもよりも澄んだような空気、吐く度に出る白い息。
いつもこの季節になると生まれ育った故郷のことを思い出す。きっと今頃は、そこら中に雪が積もっている頃だろう。
私は、高校を卒業してすぐ地元を離れ、関東の大学へと進学した。
別段やりたいことがあったわけでも、なりたいものがあったわけでもなく、ただ家族と距離を置きたかったからだ。
私の家族は傍から見れば、どこにでもある普通の家庭であった。
だが、内情は中まで火が通っていない揚げ物のように家庭の中心は冷え切っていた。

何も私が生まれたころからそうだったわけではない。
幸せな家庭は、一つの歯車が狂ったり、動かなくなっただけでいともたやすく壊れる。
といっても、私の家庭は一つの歯車が狂うどころか、寄せ集めのパーツで無理やり取り繕ったB品が経年劣化に耐え切れず自然に壊れていったようなものだった。
仕事ばかりで家に居つかない父、それに耐えかね母がパート先で不倫。
さらに、兄の大学受験失敗による引きこもり、妹の非行とまさに絵に描いたような家庭崩壊だった。
我が家は、アッシャー家のように得体のしれないな何かに呪われてるのかもしれないとさえ思った。
家に居場所のない私は、ひたすら図書館やファミレスで勉強に打ち込み、晴れて我が家の呪われた呪縛から一人だけ逃れた。
以来、大学2年になる現在まで一度も故郷には帰っていない。

私がこちらに来てからの生活は、生活費を稼ぐためのバイトと単位を取り、卒業の証を得るためだけの退屈な講義で埋められた。
私の交友関係は決して広いものでなかった。
大学のパンフレットにあるような夢のキャンパスライフなどとは程遠い生活だったが、特に後悔はしていない。
何度か、無理してサークルの飲み会に出てみたが、皆と同じように楽しむふりをしながら、心の内では、まったく別の感情を抱いていた。

そんな私でも、一人だけ友達と呼べる存在がいた。それが、Nだ。
Nは、私と同じようにほかの学生たちのように群れたりせず、一人でいる事の多い学生だった。
ほかの学生はみんな同じに見えたが、Nだけはほかの有象無象と違って見えた。
1年の時は、たまたま一緒の講義が多く、ほかのグループと関わりの少ない私たちは自然に一緒の行動を取ることが多くなった。
2年以降は、特に目標もない私はNの講義に合わせて、講義を選んだ。

似た者同士のように思える私達だが、私はグループに属するのを嫌がるくせに一人は嫌だと思うような臆病者でただ周りに流されて生きているような存在であるのに対して、Nは、自分というものを持ち,群れることを必要せず、群れをなす人々からも一目置かれるような秀でた存在であった。
顔もよく、社交的で落ち着いて雰囲気。
きっと学生時代も私のような浮いた存在を気にかけ、手を差し伸べていたのだろう。
表には出さないが、私は、そんなNに憧憬を抱きつつ、同時に劣等感を感じていた。

大学1年の11月初旬、一週間ほど、Nが大学を休んだ。電話やメールにも返事がない。
Nを通して何度か話したことのあるNの友人Kに話を聞いてみた。
「あいつ、実は結構なお坊ちゃまでさ~。高校の時も一年に一回くらい家族で海外行ったりしてるんだよな。たぶん今回もそんな感じなんじゃないか?兄さんは医大だし、妹もすげ~可愛いんだよな~。ほんと、絵に描いた理想の家庭って感じ~。」
そういえば、Nと家庭の話なんてしたことなかったな。
私が一方的に仲がいいと思ってるだけで、Nからしたらそこまで深い中ではないと思われてるのかもしれない。
私の表情を察してかKは、
「割とあいつとよくつるんでるけど、そうゆう話しないんだ?まぁ~あいつあんまり自分の事話さないし、話されてもこんなの自慢にしか聞こえねもんな~。」と軽いフォローのような言葉を続けた。
彼はチャラチャラした感じの見た目だが、意外といいやつなのかもしれない。

バイトの帰り道、ふと思った。
父、母、兄、妹。
私と家族構成は変わらないのにこうも違うもんなんだな。
久しぶりに自分の家族の顔が浮かんだ。

次の日、教室に入るとそこにはNの姿があった。
「久しぶりだな。連絡なかったから心配したぞ。」
「悪い。ちょっと海外に行っていたから連絡できなかった。」
「海外?一人旅か?それても彼女でもできたのか?」
「この年で、恥ずかしいだが・・・じつは家族とだ。」
初めてNの照れたような顔を見た。お土産だと川沿いに船と塔の写った絵葉書をくれた。
「仲いいんだな~。」
「そうでもないよ。毎年の恒例行事のようなもんだ。いつも仕事ばかりの父が唯一休みを取れるのがこの時期だけでね。」
「そっか。」仕事ばかりの父の顔が一瞬過った。
「オマエは、実家に帰ったりしないのか?確か東北のほうだろ?」
「そうだな。バイトもあるし、あまりゆっくりできないから今年は帰らないつもりだ。」
「そうか。なら、冬休みうちに来ないか?」
突然の誘いに戸惑ったが、断る理由が思いつかず、承諾したような曖昧な返事をした。

12月というのは、師走と呼ばれるだけあってあっという間に過ぎる。
気が付くと、Nの家に行く約束をした日になっていた。
Kも誘われたようで、三人でNの実家に向かった。
こちらに来てから、一年経つが普段訪れる機会のない閑静な住宅街にNの実家はあった。
イメージ通りの大きな一軒家だ。

毎週土曜日にやっている建物探訪に出てくるような家にアウェイ感を感じながら、Nの母にぎこちない妙にかしこまった挨拶をした。
Nの母は、昔専門的な医療関係の研究員をしていたらしく知的な雰囲気と柔らかな母親の面影のどちらも合わせ持った女性だった。
Nの妹は、Kが言った通り可愛らしく、目鼻立ちの整った顔立ちだった。そして、同じく整った顔立ちのNにどこなく似ている。
「おいおい!見過ぎだぞ。惚れちまったかな~。」
私の実年齢よりも童顔な顔立ちと切れ長な目とは、まったく違うものでついつい見入ってしまい、Kに冷やかされてしまった。

Nの父、Nの兄は不在だったが、この家とこの家族、部屋に置かれた家族写真を見たら大体の想像が付く。
Nの家族と自分の家族を比べたことを恥ずかしく思った。
Kは、昔からよく訪れているようで、我が家のように大いにくつろいでいたので、私だけが借りてきた猫のような状態だった。
私のぎこちない態度は夕食をいただき、帰る時まで取れることはなく、Nの妹は私と目が合うとクスクスと悪意のない笑みを向けてくれた。

帰り道、二人と別れてから、一人ぼんやり帰路についている途中、また自分の家族の事を考えた。
(いつから・・・私の家族は壊れてしまったのだろう・・・)
(たしか・・・昔は、Nの家庭ほどではないがそれなりに幸せな家庭ではなかったろうか・・・。)
(どこから壊れ始め・・・誰が壊したのだろう・・・)

それから、大きな出来事もなく、淡々と日々が過ぎ、私とNは2年生に進級した。
あれから何かというとNは私を実家に誘ってくれた。
最初の頃のぎこちなさは取れ、Nの母、Nの妹と自然に世間話ができるほどになっていた。
特にNの母と話す機会が多く、Nと私とNの母でたくさんの話をした。
普段、人見知りな私だが自分の事を素直に話せた。
今思うと、家族との関係を遮断している私にNが気を使って、家庭の味やあたたかさに触れる機会を作ってくれていたのかもしれない。

大学に入って二回目の冬が訪れた。
「今年も行くのか?」
「どこにだ?」
「家族旅行だよ。去年、言ってたろ。毎年の恒例行事だって。」
「ああ。来週、去年と同じくパリに行ってくるよ。母と妹が買い物したがってるしな。もう飛行機は予約してある。」
「そうか。気を付けて行って来いよ。休みの間のノートは任せろ。」
「悪いな。」
「そうだ。今週末ちょっと付き合ってくれないか?じつは・・・。」

土曜の朝、東京駅で、私とNは待ち合わせをした。
待ち合わせの時間より少し早く着き、私は、前日に購入した二枚の新幹線の切符を手にNを待った。
Nは時間通りに現れた。
私たちは、北へ向かう新幹線に乗った。
道中、普段あまり口数の多くないNが珍しく話題を振ってくれ二人の間に沈黙はほとんどなかった。
久しぶりに地元へ帰る私の緊張を察したNの優しさだろう。

久しぶりに降り立った地元の駅は、冷たく澄んだ空気を含んでいた。
どんよりした曇り空、冷たい風、寂れた駅さえ懐かしく思えた。
昔、通った道や懐かしい古びた店、そこら中に私の思い出があった。
二年くらいではそんなに変わらないもんだな。
Nは、自分に何のゆかりもない私の昔話を時折、相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。
徐々に私の家が近づくにつれ、私の口数は少なく、足取りは重くなっていった。
さすがに家にまで、Nについてくてもらうのは、申し訳なく感じ、近くの喫茶店で待ってもらい、私一人で自宅へ向かった。

門の前まで来たものの、なかなか中に入る勇気が出ない。
ふと、中から人の気配を感じ、つい曲がり角に隠れてしまった。
まるで不審者のようだ、ここが日曜日なのに人通りの少ない田舎でよかった。
リビングと食卓が見える位置の塀から中を覗き込んだ。

そこには、幸せそうな家族の団らんがあった。
日曜の朝、遅めの朝食を作る母とそれを手伝う妹の姿。
ソファーには、テレビを見ながら父と兄が談笑をしている。
私の記憶にあるやつれた母の顔。悲しんでいるのか、怒っているのかわからない妹の顔。
何事にも関心を示さない押し黙った父の顔。生気を失い常にビクついた兄の顔。
どれも見当たらなかった。ただただ、絵に描いたような幸せそうな家族の姿がそこにはあった。

そして、私は思い出した。
幸せそうな家族の笑顔を奪ったのは、紛れもなく私という存在であったことに・・・。
私は、怖くなった。すぐにそこを駆け出し、Nの待つ喫茶店へと向かった。
私の早すぎる帰還にNは驚いていたが、何も聞かず一緒に駅へと向かってくれた。

帰りの新幹線では、沈黙が続いた。
仙台駅に着いたあたりでようやく頭の中の整理ができた私は、Nに自分の過去を話し始めた。

私は、昔から勉強はできたが、人の気持ちがよくわからなかった。
そのため、クラスでは、浮いた存在だった。
別にそのことを気にしたことはなかった。
幸いクラスには私をいじめるようなやつはいなかった。
私の家は、比較的平凡な家庭で父は仕事が忙しいものの、たまの休みは、私たち兄弟に寂しい思いをさせないよう、そして、自分も日ごろの仕事を忘れられるよう、遊びに連れて行ってくれるいい父親だった。
母は、家事とパートをこなしながら私たち三人を育ててくれる優しい母だった。
兄は、私と二歳離れていて勉強もスポーツもこなし、中高と生徒会長をしていた。
妹は、私の3つ下で、優しく素直な子であった。
私たち家族が崩壊していったのは、私という異物の存在によるものだ。
中学高校と優秀だった兄だが、学業においては、過去の兄の成績よりも私の成績のほうが優れてた。
その点において、だれしもが決して兄と私を比較するようなことはしなかった。・・・ただ一人私を除いて。
私の心ない無自覚な兄への言動が兄を苦しめ、受験前にノイローゼとなるほどに追い詰めた。
結果、兄は目標の大学のレベルを無理に上げ、何かに追い込まれるように勉強に追われた。
体調を崩しながら受験を終え、散々たる結果となった。
そして、浪人生となるとともに過去の栄光、すべての自信を失った。

私よりも兄に懐いていた妹は、私を責め、被弾した。あの時の私は彼女がなぜ私を攻撃するのか理解できなかった。
妹の怒りは、それに、飽き足らずあくまで中立を保つ両親にもその怒りの矛先は向かった。

父は、自分の家に居心地の悪さを感じ、仕事の忙しさを理由に家に寄り付かなくなった。
その頃、母は、パート先にいる引きこもりだった過去を持つ青年に兄の事を相談していた。
喫茶店で、相談する二人の姿を私は学校帰りにたまたま見かけ、妹や父がいる前で平然と母に問いただした。
凍り付いた顔をする母の顔を今ならちゃんと思い出せる。

私の家庭は、無理やり取り繕ったB品であるために必然的に壊れたのではなく、私という異物が正常に動いていた家族というものを中から腐らせたのだ。
先ほど、私が自らの目で見たあの姿こそ本来あるべき家族の姿だったのだ。
きっと、私という存在は、人を不幸にする存在でしかないのだ。

私が、すべて話終わってもNは何も言わなかった。
帰り際、Nが私を諭すように言った。
「あの頃のお前は、悪意がなく、ひどいことをしたかもしれない。それでも、今のお前はそれに気づけるように成長した。ちゃんと後悔もしている。今、お前の家族が幸せであれば、お前も過去に囚われるな。人を傷つけた分それ以上に人の事を思い、人の事を考えられる人間にこれからなればいいだろ。俺も協力する。」
私は無言でうなずいた。

帰り道、私は頬を濡らし無言で帰った。
来週、Nは家族旅行でパリに行く。
今日は、2015年11月8日。
10日に出発して16日には日本に帰ってくる。
帰ってきたら、Nに今日、付き合ってくれたことをもう一度、しっかりとお礼を言わなければ。
Nの母にもいろいろと相談に乗ってもらったから日本に帰ってきたらお土産を持ってまたNの実家に行こう。
Nの土産話も聞きたい。

私も、いつかNの家庭や私だけがいない私の家庭のように幸せな家庭を築けるだろうか?
それは、高望みかもしれない。今は、Nのような存在がいてくれることに感謝しなくては・・・。
子供の頃の友達のいなかった私の支えは、家族だった・・・。。
今の私の支えは、間違いなくNとが出会わせてくれた繋がりだ・・・。
今日は、もう疲れた・・・。いつもより深い眠りにつけそうだ・・・。もう眠ろう・・・。



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