日々の名残り~The Remains of the Days~

シュガー×スパイス


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僕と彼女の出会いは、ごくごくありきたりで同僚に誘われた飲み会の席でだった。
大概の結婚式で二人の馴初めに使われる「知人に誘われて行った食事会で」というやつだ。
学生時代は、工業高校→理系大学と女性の少ない環境であったため、僕の女性関係は華やかさとは無縁のものだった。
いや、本当はチャンスなんていくらでもあったのかもしれない。なんでも環境や周りのせいにしてしまうことはよくない。
恋愛の神様が僕を選んでくれなかったのか、それともただ単に僕の力量が足りなかったなのは定かではないが・・・。
たぶんどちらもだろう。

長い就職氷河期は乗り越えてたが、恋の氷河期を乗り越えることのできなかった僕だったが、彼女との出会いでようやく春の訪れを感じた。

彼女は、本当に僕の理想通りの女性であった。
同僚はすぐに僕が彼女に一目惚れしたことを察したらしい。
普段堅物で理屈っぽい僕のマヌケ面に終始頬をゆるめていた。
このとき、僕はそんなにやけ顔も気づかないほど舞い上がっていた。
同僚のアシストと少しのお酒の力を借りて、僕は初めてまともに女性をデートに誘った。
中学生のとき、期末テストを口実に同じクラスの女子を図書館デートに誘って以来の快挙だ。10年振り2度目。
もちろん、女性の連絡先を聞いたの彼女が初めてだった。
こんなに緊張したのは就職面接以来だ。
実際は、どちらも同僚と彼女の同僚である子が上手く誘導してくれたからであって、僕の功績はミジンコほどのものである。

あとから、聞いた話によると彼女は最近、学生時代から付き合っていた彼氏と喧嘩別れをして、彼女の同僚が気分転換にと誘ったのが今回の飲み会であったそうだ。
この出会いは、恋愛の神様のお導きや運命の出会いなどと仰々しいものを引き合いに出していたのはどうやら僕だけだったようだ。
なにはともあれ、二人の手慣れた策士に感謝する。

初デートは、ブラブラと買い物をしたり、カフェでお茶したりとありきたりなものだったが、同時に僕が密かに憧れていたものだった。
彼女は料理好きなのかエスニック料理の専門店でスパイスを購入したり、最近一人暮らしを始めたらしく部屋の雑貨をいくつか買って満足そうだった。
彼女のうれしそうな顔見れて僕も満足だ。
会話も、先日の飲み会メンバーの内輪話や仕事の話で盛り上がった。
料理が趣味なのか気になった僕はファミリーレストランやファーストフードが苦手であり、ほとんど自炊しているという話をしたら彼女の顔が一瞬曇った気がしたが気のせいかもしれない。
夕食は、彼女が前から行きたかったというおしゃれな鉄板焼きの店に行った。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。

それから、何回かのデートを経て、彼女に告白をして晴れて付き合うことになった。
愛というのは、付き合った当初が絶頂でそこからなだらかに冷めていくものだというが、僕が彼女を好きな気持ちは、あの日出会った日から変わらず、むしろ顔を合わせるたびにその気持ちは増していった。

付き合って3か月が過ぎ、いつも外や僕の家で会っていたが、ここ数日パソコンの調子が悪いと言っていた彼女のために初めて、彼女に家に訪れた。
彼女のイメージ通り女性らしく柔らかな色合いで飾られたおしゃれな部屋だった。
女性の部屋に入るのは、妹の部屋以外初めてだ。
初めてデートしたときに買った雑貨やこの三か月の二人の思い出の痕跡が見え、暖かな気持ちを感じた。
きっと、彼女と同じニヤケ顔だったに違いない。
キッチンには、初デートの時に買ったスパイスをはじめ、あまり見かけないような調味料まで並んでいて、彼女の手料理を食べる想像をして思わず頬がほころんだ。
パソコンの修理は少し手間取ったが、原因が解るとあっという間に解決した。
彼女はすごく喜んで、お礼に何かしたいと言ってくれた。

一瞬、先ほど想像した手料理を振舞ってくれた彼女が過った。
「じゃあ、ちょうど夕食時だし、なにか作ってくれる?」
彼女の顔に一瞬緊張が走ったような気がしたが、きっと彼氏に初めて作るからだと特に気にしなかった。
彼女は一瞬考えた顔をしてから笑顔で「うん。いいよ。何が食べたいと?」と答えてくれた。

せっかくだからと僕は肉じゃがをリクエストした。夢がまた一つ叶った。
彼女は近くのスーパーに足りない食材を買い出しに行き、すぐ戻ってきてテキパキと料理を始めた。
彼女の料理をする姿を見て僕の愛情はさらに深まった。
そして、これから人生で初めて彼女の手料理を食べられることに舞い上がっていた。

部屋に食欲をそそるいい匂いが溢れた。
できた肉じゃがはとても食欲をそそるものだった。
こんなことなら、毎日でもパソコンが故障すればいいとさえ思った。
彼女に賞賛の嵐と賛辞の嵐を述べた。
このときの僕は彼女と結婚して幸せな家庭を築くところまで想像していた。
今思うと、彼女は不安そうなぎこちない笑顔をしていた気がする。
一口食べてみた。
一瞬で・・・・・先ほどまで思い描いた幸せな家庭のイメージがひび割れ崩れ落ち音がした。
しかし、その表情を表に出すわけもいかず、頭で思っていることとは真逆の言葉を口に出しながら僕は夢中で食べた。
その日は、そのあとたわいもない話などで盛り上がり帰宅した。
僕は帰り道で決意した。こんな些細なことで、彼女を手放すことなんてできないと。

それからも僕たちの関係は、何事もなく続いた。
僕は、彼女のすべてを愛おしく感じた。ただ一点を除いては・・・。
その後も何度か彼女の手料理を食べる機会があった。
しかし、どの料理もやはり最初に食べた肉じゃがと変わらない感想が頭の中で響き渡った。
僕はそのたびに口からまったく真逆の言葉を吐き出した。
日ごと、彼女の料理を食べる機会は増えた。

付き合いが長くなってきたこととそろそろ結婚のことも考え始めた僕はある決意をした。
同棲を切り出すと同時にずっとため込んできたこの思いを彼女に伝えようと。
お互いどちらかが、不満を抱えたままじゃ関係は長続きしない。
これは二人の明るい未来のために必要なことだと自分自身に言い聞かせた。

今日は、ちょうど彼女の家に行く。
彼女は、僕が初めて食べた肉じゃがを作って待っている。
仕事終わりに彼女へのちょっとしたプレゼント買った。
こんなのは、気休め程度にしかならないかもしれないがないよりはましだ。
もう一度、自分に発破をかける。
緊張した面持ちでチャイムを鳴らした。

エプロンを付けた彼女が笑顔で迎えてくれた。
部屋からは家庭的な暖かい匂いがする。
「お疲れ様。お腹すいたでしょ?もう肉じゃが出来てるよ。」
罪悪感で押しつぶされそうになった。
軽く会話を交わし、テーブルに着く。
僕の分の肉じゃががきれいに盛り付けられた。
一口食べた・・・。やはりいつもと変わらない味。
口の中の肉じゃがを飲み込み「今まで、ずっと黙ってたんだけど・・・・」言葉が続かない。「悪いんだけど・・・実は・・・」
僕の言葉を遮るように彼女は言った。「私の料理・・・美味しくないんでしょ・・・」
背中にいやな汗をかくのを感じた。
「こっち、食べてみて。」
そう言うと彼女はまた別の皿に盛りつけられた肉じゃがを僕の目の前に差し出した。
恐る恐る口にする。
「美味しい。これ、僕の家の肉じゃがと同じ味付けだ。」
この数か月ずっと悩み続けていたことから一瞬で解放されたように僕は一気に肉じゃがを食べきった。
きっと彼女も自分の料理がまずいことを僕の表情から読み取って僕が喜ぶように努力してくれたんだ!
今しかない!結婚を前提に同棲したい事、これからも君だけを愛し続けることを今伝えなくては!
僕の表情とは裏腹に彼女の顔は今まで見たことのないようなまるで感情のない能面のような表情をしていた。

「この肉じゃがさ・・・。これだけの量の砂糖と醤油を入れたんだ・・・。」
そこには、大量の砂糖と醤油を入れた器があった。
僕は、一瞬で理解した彼女の料理がまずかったのではなく、僕の味覚がおかしかったんだと・・・。
「・・・・ごめん。」その後の言葉が出てこなかった。
なんだか恐ろしくなってきた。今までの自分がすべて否定されたような気持ちに押しつぶされそうになった。
僕はすぐに彼女の家を後にした。

取り残された彼女は食べ残された肉じゃがと空の皿を片付け、新しい皿に肉じゃがを盛りつけた。
大量に並んだ調味料棚から赤い瓶を取り出し、そのすべてを肉じゃがにかけ食べ始めた。


「あの二人、やっぱり駄目だったみたいね。」
「そっか・・・。今日あいつすごい落ち込んでたのそれでか・・・。」
「あの子、前の彼氏とも同じようなことが原因で、別れてさ。」
「似た者同士うまくいくかなって思ってけど・・・駄目だったか・・・。というか。あいつ自分の味覚が変わってること知らなかったのか。」



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