日々の名残り~The Remains of the Days~

悪役の哲学~ミミズだって、オケラだって、アメンボだってみんな、みんな生きているんだ友達なんだ~

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悪役の哲学
光あるところに影あり。古今東西各ジャンルにおいてメインの主人公がいれば、必ず悪役がセットでいます。
また、フィクションだけでなく、歴史上や実生活においても必ず悪役と呼ばれる存在が居続けています。
あなたの人生を振り返ってみても、悪役とは言わなくてもあなたに敵対する人物、またはあなたの人生の妨げになる人物はいませんでしたか?
悪役の哲学では、悪役たちの性格、趣味嗜好や考え方、その生き方などを考察していきたいと思います。

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15代いる徳川家の将軍皆さんは何人言えますか?
家康、家光、綱吉、吉宗、慶喜辺りは覚えているという方は多いのではないでしょうか?
15代いる将軍の中でも、特にインパクトが強いのは5代将軍・綱吉公ではないでしょうか。
生類憐みの令という動物愛護法を打ち立て通称・犬将軍お犬様と呼ばれた綱吉公。
行き過ぎた動物保護法で、庶民を苦労させた犬バカ将軍というイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか?
そんな悪いイメージばかり持たれる綱吉公ですが、実は15代いる将軍の中でもかなり有能な人物であるのです。
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徳川綱吉のプロフィール
徳川幕府五代将軍。三代将軍家光の四男。四代将軍家綱の弟。
幼名は徳松、院号は常憲院。初め堀田正俊を大老に任じて政務を執り、学問の興隆をはかった。
正俊歿後は、実権を側用人柳沢吉保らに委ね、また生類憐れみの令を発した。
書を能くし、書風は穏やかな品の良さをみせる。宝永6年(1709)歿、64才。 嫉妬に狂った正室に暗殺されたという説あり
出典;コトバンク
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綱吉公の人柄
自ら学ぶだけでなく、家臣にも講義するほどの学問好きで、意識の高い理想主義者
大名や公家の娘を母に持つ徳川家の親戚の中で八百屋の娘を母に持ったことや身長が124㎝と当時にしてもかなり低かったことなどの生まれながらのコンプレックスがあったせいか、卑屈で短気なそしてくそ真面目な性格であったそうです。
能や書を愛する文化人的な側面も。そして、女好き。大奥なんてシステムあったら誰でも女好きになるよ!
綱吉は、自ら理想とする政治を実現するために、独自のシステムを開発したり、地方の大名の素行不良を正したりしたとても有能な人物。

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綱吉の功績(天和の治)
・将軍の権力の強化
・儒教・仏教・学問支援(寺院を建てたり、儒教者の地位向上)
・大名の取りつぶしによる幕府の領地拡大や治政不良の大名を次々と処罰、不良代官の処罰・交代
・現在の官僚制度のようなものを作り効率化。
・財政を預かる勘定奉行所の機能の大幅強化し、経済発展と貨幣の安定化。
・服忌令(葬儀などのルール)、生類の憐れみの令などの社会モラルの向上政策。
・長崎貿易の拡大・活性化。
理想が高いだけでなく、それを実現するのが綱吉公クオリティーです。
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本当は素晴らしい生類憐みの令
戦のない平穏な徳川幕府の時代になっても、まだ戦国の気風が色濃く残っていたおり、病人や牛馬などを山野に捨てたり、旅先の宿で旅人が病気になると病人を追い出したり、見捨てたりするといったことが平然と行われているのを嘆き綱吉公は「生類憐みの令」によって人間を捨てることを禁じ、貧しさのために犬や牛を飼育できなくなった者達には、役人に届け出るようにと通達した。
生類憐みの令は、本来、人命だけでなく、生きもの全般を大事にする人道的な法律であった。
動物保護の法律と勘違いしている人が多いが、その対象は人間の子供、老人、病人などの保護であり、犬関連の法令が増えたのは、江戸などの都市部で、野犬や飼い犬に関する問題が多かったためであり、綱吉公は別に犬好きではない。衝撃的事実!
人を殺してはいけないという今のごく一般的な事が認識され始めたのは綱吉の時代にモラルの改善がされたからである。
生類憐みの令で重罪扱いだったのはせいぜい一年に数人で、武士階級を中心とした反逆罪者ばかりであり、民衆において生類憐みの令に恐れおののいた者などいなかった。
地方はほとんど影響がなかったなんてことも言われています。
むしろ、法令を皮肉る行動をしたり、犬を殺して見せしめにしたりと、法律に反抗する動きが減らないため、その後、法令が複雑化していくことになった。いつの時代も一定数そんなバカが存在します。
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なぜ生類憐みの令は天下の悪法と呼ばれるに至ったか。
当時の人々は荒々しく娯楽に飢えたものが多く、この意外性の強いお触れに対し、次々に裏をかいておちょくり、その度に幕府側も次々に詳細なお触れで対抗するという、イタチごっこを繰り返し、それを面白おかしく後世に伝えられてしまったのではないかという説。
そして、綱吉の後に政権を握った新井白石が、自分の政権を自画自賛するために、綱吉時代を過剰に貶めて、生類憐れみの令についても害悪を誇張しまくったことによる説があります。
綱吉公ただの被害者です。
どれだけ真剣に世の中のために考えたことでも、ただの暇つぶしに茶化されたり、バカにされたり、自分の私利私欲のために優れた人間の悪評や根も歯のない嘘をつく人物がいるのが世の常です。
本当の悪役は、歴史上には残らないのかもしれませんね。
無題
現代の日本で、人を殺してはいけない、子供やお年寄り、病人などの弱者を守らなければならないという当たり前のモラルが生まれたのは、生類憐みの令があったからこそであるといっても過言ではないのかもしれません。
下手したら、今頃、姥捨て山が大繁盛していたかもしれません。
それに、生類憐みの令がなければ、どこぞの国のように猫や犬を平然と食べるような国になっていたかもしれませんね。
モラル意識の高い日本人というのは綱吉がいたから実現したといっても過言ではありません。
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昔の人「徳川15代もいて覚えづらいな。そうだ!あだ名つけよう!こいつはオットセイ。こいつは米にして。こいつは・・・犬将軍だな!」
歴史の教科書を見た人「犬将軍ってなんだよ!お犬様だって!きっとバカ殿だったんだな!」



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