日々の名残り~The Remains of the Days~

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立派な生き方をせよ。それが最大の復讐だ。

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凶悪な事件に限って、犯人が心神喪失で無罪放免になる場合が多いですね。
遺族、被害者家族はさぞ無念でしょう。
復讐は何も生み出さないという言葉がありますが、人は合理性だけでは物事を考えられません。
江戸時代には、仇討ちという制度がありました。

仇討ちの手順
一、奉行所に届を出し「敵討許可証」を受け取る
二、敵を見つけたら現地の奉行所に届けを出し仇討ちを行う許可をもらう
三、もし奉行所が先に敵を捕えた場合は竹矢来の中で仇討ちを行なわせる場合もあった
四、討ち手が仇討ちを終えたら奉行所で「帳消」の手続きを行う

仇討ちが認められないケース
正々堂々の果たし合いをした場合は負けた側の身内の仇討ちは禁止
・目上の者が目下の者の仇討をするのも禁止
(つまり自分の子供が殺されても親による仇討は正当化されない)
・討たれた仇人の遺族が討ち手に対して仇討ちをする『重敵(かさねがたき)』は禁止
・返り討ちにあった打ち手の遺族が仇討ちをする『又候敵討ち(またぞろかたきうち)』は禁止


仇討ちの主な分類
・敵討ち(かたきうち)・・・・父母や兄等尊属の親族が殺害された場合に行われる。

・女敵討ち(めがたきうち)・・・・妻が不倫をした場合に不倫相手と妻に対して行われる。

・後妻討ち(うわなりうち)・・・離縁から1か月以内に夫が再婚した場合は前妻が後妻に仇討ちすることが認められていた。
前妻側はたすき・鉢巻姿で竹刀や棍棒をもって20名~100名で襲撃をし家財道具の一切を破壊する。後妻は逆らう事はせず、前妻の憎悪・鬱憤を解消させる儀式的意味合いがあった。

・衆道敵討ち(しゅどうかたきうち)・・・衆道とは男性同士の性愛関係「男色」のことである。男同士の痴情のもつれは激しかったという。

・差腹(さしばら)・・・・かたきを自ら討たず、自分が切腹し相手に遺書と刀を送り切腹を迫る。迫られた方は断ることは武士の恥だとして切腹しなければならなかった。

仇討ちの成功率
江戸時代に起きた仇討ちは現在確認できるもので129件あったと言われています。
しかし、返り討ちにあってしまうことや、仇の居場所が分からず逃げ切られてしまう場合なども多くあったため、仇討ちの成功率は数パーセント未満だったと考えられています。
記録されている最も長い期間を経ての仇討ち成功例は、嘉永6年に母の仇を討った「とませ」という女性でした。7歳の時に母を殺されたとませが、その仇を見事討ち取ったのは59歳になってから。実に53年にも及ぶ仇討ちだったのです

世の中法律で裁けない事が多いですが、一度仇討ちを認めてしまうと負の連鎖に歯止めが利きません。
よく攻撃する際、声を出しながら切りかかったりしますが、あれって黙って後ろから切りかかればまず避けられませんよね。
感情を抑えきれないのでしょうか?それとも形式美でしょうか?


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