日々の名残り~The Remains of the Days~

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最近、おでん作りにハマっております佐々木です。
コンビニのおでんよりは、美味しいと評判です。
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理想の家庭

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いつもよりも澄んだような空気、吐く度に出る白い息。
いつもこの季節になると生まれ育った故郷のことを思い出す。きっと今頃は、そこら中に雪が積もっている頃だろう。
私は、高校を卒業してすぐ地元を離れ、関東の大学へと進学した。
別段やりたいことがあったわけでも、なりたいものがあったわけでもなく、ただ家族と距離を置きたかったからだ。
私の家族は傍から見れば、どこにでもある普通の家庭であった。
だが、内情は中まで火が通っていない揚げ物のように家庭の中心は冷え切っていた。

何も私が生まれたころからそうだったわけではない。
幸せな家庭は、一つの歯車が狂ったり、動かなくなっただけでいともたやすく壊れる。
といっても、私の家庭は一つの歯車が狂うどころか、寄せ集めのパーツで無理やり取り繕ったB品が経年劣化に耐え切れず自然に壊れていったようなものだった。
仕事ばかりで家に居つかない父、それに耐えかね母がパート先で不倫。
さらに、兄の大学受験失敗による引きこもり、妹の非行とまさに絵に描いたような家庭崩壊だった。
我が家は、アッシャー家のように得体のしれないな何かに呪われてるのかもしれないとさえ思った。
家に居場所のない私は、ひたすら図書館やファミレスで勉強に打ち込み、晴れて我が家の呪われた呪縛から一人だけ逃れた。
以来、大学2年になる現在まで一度も故郷には帰っていない。

私がこちらに来てからの生活は、生活費を稼ぐためのバイトと単位を取り、卒業の証を得るためだけの退屈な講義で埋められた。
私の交友関係は決して広いものでなかった。
大学のパンフレットにあるような夢のキャンパスライフなどとは程遠い生活だったが、特に後悔はしていない。
何度か、無理してサークルの飲み会に出てみたが、皆と同じように楽しむふりをしながら、心の内では、まったく別の感情を抱いていた。

そんな私でも、一人だけ友達と呼べる存在がいた。それが、Nだ。
Nは、私と同じようにほかの学生たちのように群れたりせず、一人でいる事の多い学生だった。
ほかの学生はみんな同じに見えたが、Nだけはほかの有象無象と違って見えた。
1年の時は、たまたま一緒の講義が多く、ほかのグループと関わりの少ない私たちは自然に一緒の行動を取ることが多くなった。
2年以降は、特に目標もない私はNの講義に合わせて、講義を選んだ。

似た者同士のように思える私達だが、私はグループに属するのを嫌がるくせに一人は嫌だと思うような臆病者でただ周りに流されて生きているような存在であるのに対して、Nは、自分というものを持ち,群れることを必要せず、群れをなす人々からも一目置かれるような秀でた存在であった。
顔もよく、社交的で落ち着いて雰囲気。
きっと学生時代も私のような浮いた存在を気にかけ、手を差し伸べていたのだろう。
表には出さないが、私は、そんなNに憧憬を抱きつつ、同時に劣等感を感じていた。

大学1年の11月初旬、一週間ほど、Nが大学を休んだ。電話やメールにも返事がない。
Nを通して何度か話したことのあるNの友人Kに話を聞いてみた。
「あいつ、実は結構なお坊ちゃまでさ~。高校の時も一年に一回くらい家族で海外行ったりしてるんだよな。たぶん今回もそんな感じなんじゃないか?兄さんは医大だし、妹もすげ~可愛いんだよな~。ほんと、絵に描いた理想の家庭って感じ~。」
そういえば、Nと家庭の話なんてしたことなかったな。
私が一方的に仲がいいと思ってるだけで、Nからしたらそこまで深い中ではないと思われてるのかもしれない。
私の表情を察してかKは、
「割とあいつとよくつるんでるけど、そうゆう話しないんだ?まぁ~あいつあんまり自分の事話さないし、話されてもこんなの自慢にしか聞こえねもんな~。」と軽いフォローのような言葉を続けた。
彼はチャラチャラした感じの見た目だが、意外といいやつなのかもしれない。

バイトの帰り道、ふと思った。
父、母、兄、妹。
私と家族構成は変わらないのにこうも違うもんなんだな。
久しぶりに自分の家族の顔が浮かんだ。

次の日、教室に入るとそこにはNの姿があった。
「久しぶりだな。連絡なかったから心配したぞ。」
「悪い。ちょっと海外に行っていたから連絡できなかった。」
「海外?一人旅か?それても彼女でもできたのか?」
「この年で、恥ずかしいだが・・・じつは家族とだ。」
初めてNの照れたような顔を見た。お土産だと川沿いに船と塔の写った絵葉書をくれた。
「仲いいんだな~。」
「そうでもないよ。毎年の恒例行事のようなもんだ。いつも仕事ばかりの父が唯一休みを取れるのがこの時期だけでね。」
「そっか。」仕事ばかりの父の顔が一瞬過った。
「オマエは、実家に帰ったりしないのか?確か東北のほうだろ?」
「そうだな。バイトもあるし、あまりゆっくりできないから今年は帰らないつもりだ。」
「そうか。なら、冬休みうちに来ないか?」
突然の誘いに戸惑ったが、断る理由が思いつかず、承諾したような曖昧な返事をした。

12月というのは、師走と呼ばれるだけあってあっという間に過ぎる。
気が付くと、Nの家に行く約束をした日になっていた。
Kも誘われたようで、三人でNの実家に向かった。
こちらに来てから、一年経つが普段訪れる機会のない閑静な住宅街にNの実家はあった。
イメージ通りの大きな一軒家だ。

毎週土曜日にやっている建物探訪に出てくるような家にアウェイ感を感じながら、Nの母にぎこちない妙にかしこまった挨拶をした。
Nの母は、昔専門的な医療関係の研究員をしていたらしく知的な雰囲気と柔らかな母親の面影のどちらも合わせ持った女性だった。
Nの妹は、Kが言った通り可愛らしく、目鼻立ちの整った顔立ちだった。そして、同じく整った顔立ちのNにどこなく似ている。
「おいおい!見過ぎだぞ。惚れちまったかな~。」
私の実年齢よりも童顔な顔立ちと切れ長な目とは、まったく違うものでついつい見入ってしまい、Kに冷やかされてしまった。

Nの父、Nの兄は不在だったが、この家とこの家族、部屋に置かれた家族写真を見たら大体の想像が付く。
Nの家族と自分の家族を比べたことを恥ずかしく思った。
Kは、昔からよく訪れているようで、我が家のように大いにくつろいでいたので、私だけが借りてきた猫のような状態だった。
私のぎこちない態度は夕食をいただき、帰る時まで取れることはなく、Nの妹は私と目が合うとクスクスと悪意のない笑みを向けてくれた。

帰り道、二人と別れてから、一人ぼんやり帰路についている途中、また自分の家族の事を考えた。
(いつから・・・私の家族は壊れてしまったのだろう・・・)
(たしか・・・昔は、Nの家庭ほどではないがそれなりに幸せな家庭ではなかったろうか・・・。)
(どこから壊れ始め・・・誰が壊したのだろう・・・)

それから、大きな出来事もなく、淡々と日々が過ぎ、私とNは2年生に進級した。
あれから何かというとNは私を実家に誘ってくれた。
最初の頃のぎこちなさは取れ、Nの母、Nの妹と自然に世間話ができるほどになっていた。
特にNの母と話す機会が多く、Nと私とNの母でたくさんの話をした。
普段、人見知りな私だが自分の事を素直に話せた。
今思うと、家族との関係を遮断している私にNが気を使って、家庭の味やあたたかさに触れる機会を作ってくれていたのかもしれない。

大学に入って二回目の冬が訪れた。
「今年も行くのか?」
「どこにだ?」
「家族旅行だよ。去年、言ってたろ。毎年の恒例行事だって。」
「ああ。来週、去年と同じくパリに行ってくるよ。母と妹が買い物したがってるしな。もう飛行機は予約してある。」
「そうか。気を付けて行って来いよ。休みの間のノートは任せろ。」
「悪いな。」
「そうだ。今週末ちょっと付き合ってくれないか?じつは・・・。」

土曜の朝、東京駅で、私とNは待ち合わせをした。
待ち合わせの時間より少し早く着き、私は、前日に購入した二枚の新幹線の切符を手にNを待った。
Nは時間通りに現れた。
私たちは、北へ向かう新幹線に乗った。
道中、普段あまり口数の多くないNが珍しく話題を振ってくれ二人の間に沈黙はほとんどなかった。
久しぶりに地元へ帰る私の緊張を察したNの優しさだろう。

久しぶりに降り立った地元の駅は、冷たく澄んだ空気を含んでいた。
どんよりした曇り空、冷たい風、寂れた駅さえ懐かしく思えた。
昔、通った道や懐かしい古びた店、そこら中に私の思い出があった。
二年くらいではそんなに変わらないもんだな。
Nは、自分に何のゆかりもない私の昔話を時折、相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。
徐々に私の家が近づくにつれ、私の口数は少なく、足取りは重くなっていった。
さすがに家にまで、Nについてくてもらうのは、申し訳なく感じ、近くの喫茶店で待ってもらい、私一人で自宅へ向かった。

門の前まで来たものの、なかなか中に入る勇気が出ない。
ふと、中から人の気配を感じ、つい曲がり角に隠れてしまった。
まるで不審者のようだ、ここが日曜日なのに人通りの少ない田舎でよかった。
リビングと食卓が見える位置の塀から中を覗き込んだ。

そこには、幸せそうな家族の団らんがあった。
日曜の朝、遅めの朝食を作る母とそれを手伝う妹の姿。
ソファーには、テレビを見ながら父と兄が談笑をしている。
私の記憶にあるやつれた母の顔。悲しんでいるのか、怒っているのかわからない妹の顔。
何事にも関心を示さない押し黙った父の顔。生気を失い常にビクついた兄の顔。
どれも見当たらなかった。ただただ、絵に描いたような幸せそうな家族の姿がそこにはあった。

そして、私は思い出した。
幸せそうな家族の笑顔を奪ったのは、紛れもなく私という存在であったことに・・・。
私は、怖くなった。すぐにそこを駆け出し、Nの待つ喫茶店へと向かった。
私の早すぎる帰還にNは驚いていたが、何も聞かず一緒に駅へと向かってくれた。

帰りの新幹線では、沈黙が続いた。
仙台駅に着いたあたりでようやく頭の中の整理ができた私は、Nに自分の過去を話し始めた。

私は、昔から勉強はできたが、人の気持ちがよくわからなかった。
そのため、クラスでは、浮いた存在だった。
別にそのことを気にしたことはなかった。
幸いクラスには私をいじめるようなやつはいなかった。
私の家は、比較的平凡な家庭で父は仕事が忙しいものの、たまの休みは、私たち兄弟に寂しい思いをさせないよう、そして、自分も日ごろの仕事を忘れられるよう、遊びに連れて行ってくれるいい父親だった。
母は、家事とパートをこなしながら私たち三人を育ててくれる優しい母だった。
兄は、私と二歳離れていて勉強もスポーツもこなし、中高と生徒会長をしていた。
妹は、私の3つ下で、優しく素直な子であった。
私たち家族が崩壊していったのは、私という異物の存在によるものだ。
中学高校と優秀だった兄だが、学業においては、過去の兄の成績よりも私の成績のほうが優れてた。
その点において、だれしもが決して兄と私を比較するようなことはしなかった。・・・ただ一人私を除いて。
私の心ない無自覚な兄への言動が兄を苦しめ、受験前にノイローゼとなるほどに追い詰めた。
結果、兄は目標の大学のレベルを無理に上げ、何かに追い込まれるように勉強に追われた。
体調を崩しながら受験を終え、散々たる結果となった。
そして、浪人生となるとともに過去の栄光、すべての自信を失った。

私よりも兄に懐いていた妹は、私を責め、被弾した。あの時の私は彼女がなぜ私を攻撃するのか理解できなかった。
妹の怒りは、それに、飽き足らずあくまで中立を保つ両親にもその怒りの矛先は向かった。

父は、自分の家に居心地の悪さを感じ、仕事の忙しさを理由に家に寄り付かなくなった。
その頃、母は、パート先にいる引きこもりだった過去を持つ青年に兄の事を相談していた。
喫茶店で、相談する二人の姿を私は学校帰りにたまたま見かけ、妹や父がいる前で平然と母に問いただした。
凍り付いた顔をする母の顔を今ならちゃんと思い出せる。

私の家庭は、無理やり取り繕ったB品であるために必然的に壊れたのではなく、私という異物が正常に動いていた家族というものを中から腐らせたのだ。
先ほど、私が自らの目で見たあの姿こそ本来あるべき家族の姿だったのだ。
きっと、私という存在は、人を不幸にする存在でしかないのだ。

私が、すべて話終わってもNは何も言わなかった。
帰り際、Nが私を諭すように言った。
「あの頃のお前は、悪意がなく、ひどいことをしたかもしれない。それでも、今のお前はそれに気づけるように成長した。ちゃんと後悔もしている。今、お前の家族が幸せであれば、お前も過去に囚われるな。人を傷つけた分それ以上に人の事を思い、人の事を考えられる人間にこれからなればいいだろ。俺も協力する。」
私は無言でうなずいた。

帰り道、私は頬を濡らし無言で帰った。
来週、Nは家族旅行でパリに行く。
今日は、2015年11月8日。
10日に出発して16日には日本に帰ってくる。
帰ってきたら、Nに今日、付き合ってくれたことをもう一度、しっかりとお礼を言わなければ。
Nの母にもいろいろと相談に乗ってもらったから日本に帰ってきたらお土産を持ってまたNの実家に行こう。
Nの土産話も聞きたい。

私も、いつかNの家庭や私だけがいない私の家庭のように幸せな家庭を築けるだろうか?
それは、高望みかもしれない。今は、Nのような存在がいてくれることに感謝しなくては・・・。
子供の頃の友達のいなかった私の支えは、家族だった・・・。。
今の私の支えは、間違いなくNとが出会わせてくれた繋がりだ・・・。
今日は、もう疲れた・・・。いつもより深い眠りにつけそうだ・・・。もう眠ろう・・・。



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今週の一冊~舌の上でははちみつ、でも心の中は氷~

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今日は春らしいいい天気ですね。
花粉がすごいですが・・・。
初めてゴルフの打ちっぱなしというのに行ってきました。
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初めてでも案外まっすぐ飛ぶものなのですね。
また機会があれば行きたいと思います。

本日の一冊はこちら。
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「犬の心臓/運命の卵」 ミハイル・ブルガーコフ
ソ連時代のウクライナ出身であるブルガーコフは、20世紀のロシア文学を代表する作家の一人です。
SFや幻想文学を思わせる奇抜な発想を巧みなストーリーが特徴的な作家です。
彼の作品では「巨匠とマルガリータ」が一番有名ですね。
本日紹介するのは、「モスクワ三部作」と呼ばれる中編三作「犬の心臓」「悪魔物語」「運命の卵」のうちの2作です。
同棲なら3作セットで出してほしかった・・・。
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ブルガーグフは、ロシア人の両親のもと、当時ロシアの支配下にあったウクライナの首都キエフに生まれ、白軍(ロシア革命時の反革命側の軍)の医師として活躍し、戦後多くの著書を発表した作家です。
その作品の多くは、ソ連共産党・共産主義を痛烈に批判した内容で、当時は発禁となっていたものが多く、犬の心臓もその一つです。
そういった背景や知識を知っているとさらに楽しめますが、知らなくても純粋にSF作品として楽しめます。


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1台の車で渋滞は起きる。

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一昨日、「僕だけがいない街」の最終回を見終わり、ふと外に出てみると辺り一面銀世界でした。
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トンネルを抜けるとそこは雪国だった。
何の演出かな?今三月の下旬ですよ。もしや冬がリバイバル?とりあえず寝ました。
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現行で時速100キロとしている高速道路の最高速度が、安全性の条件を満たす区間に限り120キロへの引き上げとなりましたね。
ということで、今日は、高速道路に関する覚えていると役に立つかもしれない知識をご紹介していきます。
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高速道路の路肩
路肩は車道ではありませんので、緊急時のみでしか停止や走行できません。
例えば、車が故障したときに一時停止したり、警察車両や救急車と言った緊急車両がやむを得ず走行する場合に限られています。
一般の自動車等の車両が路肩を走行すると道路交通法違反となります。
通行禁止違反(2点)反則金は6000円(普通車)※その他の違反も課せられる可能性があります。下手したら免停になります。

無題
通行券の紛失または、取り忘れ
高速道路の紛失した場合は、通行券を紛失した旨を、料金所出口にて係員さんに申し出ください。
通行料金は流入インターチェンジが確認できた場合に限り、そのインターチェンジからの料金となりますが、それ以外は最遠インターチェンジからの料金をとられることになります。
JRと同じような仕組みですね。
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料金所でお金が足りないとき
すべての高速道路と一部の一般有料道路では現金がなくとも、クレジットカードが使えます。
クレジットカードがない場合は、高速道路の通行料金を支払う料金所の事務室で、氏名、住所の確認など所定の手続をし、10日以内に最寄りの料金所に持っていくか、当該料金所に現金書留で送ることになります。
財布を忘れたときは、最寄りの料金所に行きましょう!
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SAとPAの設置間隔
高速道路のSA(サービスエリア)の設置間隔は約50km、PA(パーキングエリア)については約15km間隔を目安として計画されています。
トイレを我慢しているときは、あと15キロでPA(トイレ)と考えましょう!

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高速道路で降りるICを乗り過ごした時
高速道路では、目的のICを間違えてしまった通り過ぎてしまったとき、最寄りのICの係員に申し出たら「特別転回」という特別処置を受けて、無料で目的のICへと引き返すことができます!
係員さんにお願いしないといけないので、有人である(一般)のゲートへ。
ETCカードは抜いておいてください。

料金所の係員さんに、乗り過ごしてしまった旨を説明し、通行券を提示すると通行券に「特別転回承認」の印を押してもらえます。
※ETCの場合は、ETCカードを提示。

いったん一般道に出て、料金所へと戻り、再度(一般)の入り口ゲートに向かい、先ほどの通行券または、ETCカードを提示すると、手動でゲートを開けてもらえ、高速道路へ入ることができます。
※ただし、ETC専用ゲートしかないIC、Uターンができる構造でないICでは使えません。
とても便利なこの「特別転回」ですが、「特別」とあるように、通常は高速道路に異常がある場合に利用される処置ですので、くれぐれも悪用はしないでください!

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いかがでしたでしょうか?
高速に乗る際は思い出してみてください!


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シュガー×スパイス


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僕と彼女の出会いは、ごくごくありきたりで同僚に誘われた飲み会の席でだった。
大概の結婚式で二人の馴初めに使われる「知人に誘われて行った食事会で」というやつだ。
学生時代は、工業高校→理系大学と女性の少ない環境であったため、僕の女性関係は華やかさとは無縁のものだった。
いや、本当はチャンスなんていくらでもあったのかもしれない。なんでも環境や周りのせいにしてしまうことはよくない。
恋愛の神様が僕を選んでくれなかったのか、それともただ単に僕の力量が足りなかったなのは定かではないが・・・。
たぶんどちらもだろう。

長い就職氷河期は乗り越えてたが、恋の氷河期を乗り越えることのできなかった僕だったが、彼女との出会いでようやく春の訪れを感じた。

彼女は、本当に僕の理想通りの女性であった。
同僚はすぐに僕が彼女に一目惚れしたことを察したらしい。
普段堅物で理屈っぽい僕のマヌケ面に終始頬をゆるめていた。
このとき、僕はそんなにやけ顔も気づかないほど舞い上がっていた。
同僚のアシストと少しのお酒の力を借りて、僕は初めてまともに女性をデートに誘った。
中学生のとき、期末テストを口実に同じクラスの女子を図書館デートに誘って以来の快挙だ。10年振り2度目。
もちろん、女性の連絡先を聞いたの彼女が初めてだった。
こんなに緊張したのは就職面接以来だ。
実際は、どちらも同僚と彼女の同僚である子が上手く誘導してくれたからであって、僕の功績はミジンコほどのものである。

あとから、聞いた話によると彼女は最近、学生時代から付き合っていた彼氏と喧嘩別れをして、彼女の同僚が気分転換にと誘ったのが今回の飲み会であったそうだ。
この出会いは、恋愛の神様のお導きや運命の出会いなどと仰々しいものを引き合いに出していたのはどうやら僕だけだったようだ。
なにはともあれ、二人の手慣れた策士に感謝する。

初デートは、ブラブラと買い物をしたり、カフェでお茶したりとありきたりなものだったが、同時に僕が密かに憧れていたものだった。
彼女は料理好きなのかエスニック料理の専門店でスパイスを購入したり、最近一人暮らしを始めたらしく部屋の雑貨をいくつか買って満足そうだった。
彼女のうれしそうな顔見れて僕も満足だ。
会話も、先日の飲み会メンバーの内輪話や仕事の話で盛り上がった。
料理が趣味なのか気になった僕はファミリーレストランやファーストフードが苦手であり、ほとんど自炊しているという話をしたら彼女の顔が一瞬曇った気がしたが気のせいかもしれない。
夕食は、彼女が前から行きたかったというおしゃれな鉄板焼きの店に行った。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。

それから、何回かのデートを経て、彼女に告白をして晴れて付き合うことになった。
愛というのは、付き合った当初が絶頂でそこからなだらかに冷めていくものだというが、僕が彼女を好きな気持ちは、あの日出会った日から変わらず、むしろ顔を合わせるたびにその気持ちは増していった。

付き合って3か月が過ぎ、いつも外や僕の家で会っていたが、ここ数日パソコンの調子が悪いと言っていた彼女のために初めて、彼女に家に訪れた。
彼女のイメージ通り女性らしく柔らかな色合いで飾られたおしゃれな部屋だった。
女性の部屋に入るのは、妹の部屋以外初めてだ。
初めてデートしたときに買った雑貨やこの三か月の二人の思い出の痕跡が見え、暖かな気持ちを感じた。
きっと、彼女と同じニヤケ顔だったに違いない。
キッチンには、初デートの時に買ったスパイスをはじめ、あまり見かけないような調味料まで並んでいて、彼女の手料理を食べる想像をして思わず頬がほころんだ。
パソコンの修理は少し手間取ったが、原因が解るとあっという間に解決した。
彼女はすごく喜んで、お礼に何かしたいと言ってくれた。

一瞬、先ほど想像した手料理を振舞ってくれた彼女が過った。
「じゃあ、ちょうど夕食時だし、なにか作ってくれる?」
彼女の顔に一瞬緊張が走ったような気がしたが、きっと彼氏に初めて作るからだと特に気にしなかった。
彼女は一瞬考えた顔をしてから笑顔で「うん。いいよ。何が食べたいと?」と答えてくれた。

せっかくだからと僕は肉じゃがをリクエストした。夢がまた一つ叶った。
彼女は近くのスーパーに足りない食材を買い出しに行き、すぐ戻ってきてテキパキと料理を始めた。
彼女の料理をする姿を見て僕の愛情はさらに深まった。
そして、これから人生で初めて彼女の手料理を食べられることに舞い上がっていた。

部屋に食欲をそそるいい匂いが溢れた。
できた肉じゃがはとても食欲をそそるものだった。
こんなことなら、毎日でもパソコンが故障すればいいとさえ思った。
彼女に賞賛の嵐と賛辞の嵐を述べた。
このときの僕は彼女と結婚して幸せな家庭を築くところまで想像していた。
今思うと、彼女は不安そうなぎこちない笑顔をしていた気がする。
一口食べてみた。
一瞬で・・・・・先ほどまで思い描いた幸せな家庭のイメージがひび割れ崩れ落ち音がした。
しかし、その表情を表に出すわけもいかず、頭で思っていることとは真逆の言葉を口に出しながら僕は夢中で食べた。
その日は、そのあとたわいもない話などで盛り上がり帰宅した。
僕は帰り道で決意した。こんな些細なことで、彼女を手放すことなんてできないと。

それからも僕たちの関係は、何事もなく続いた。
僕は、彼女のすべてを愛おしく感じた。ただ一点を除いては・・・。
その後も何度か彼女の手料理を食べる機会があった。
しかし、どの料理もやはり最初に食べた肉じゃがと変わらない感想が頭の中で響き渡った。
僕はそのたびに口からまったく真逆の言葉を吐き出した。
日ごと、彼女の料理を食べる機会は増えた。

付き合いが長くなってきたこととそろそろ結婚のことも考え始めた僕はある決意をした。
同棲を切り出すと同時にずっとため込んできたこの思いを彼女に伝えようと。
お互いどちらかが、不満を抱えたままじゃ関係は長続きしない。
これは二人の明るい未来のために必要なことだと自分自身に言い聞かせた。

今日は、ちょうど彼女の家に行く。
彼女は、僕が初めて食べた肉じゃがを作って待っている。
仕事終わりに彼女へのちょっとしたプレゼント買った。
こんなのは、気休め程度にしかならないかもしれないがないよりはましだ。
もう一度、自分に発破をかける。
緊張した面持ちでチャイムを鳴らした。

エプロンを付けた彼女が笑顔で迎えてくれた。
部屋からは家庭的な暖かい匂いがする。
「お疲れ様。お腹すいたでしょ?もう肉じゃが出来てるよ。」
罪悪感で押しつぶされそうになった。
軽く会話を交わし、テーブルに着く。
僕の分の肉じゃががきれいに盛り付けられた。
一口食べた・・・。やはりいつもと変わらない味。
口の中の肉じゃがを飲み込み「今まで、ずっと黙ってたんだけど・・・・」言葉が続かない。「悪いんだけど・・・実は・・・」
僕の言葉を遮るように彼女は言った。「私の料理・・・美味しくないんでしょ・・・」
背中にいやな汗をかくのを感じた。
「こっち、食べてみて。」
そう言うと彼女はまた別の皿に盛りつけられた肉じゃがを僕の目の前に差し出した。
恐る恐る口にする。
「美味しい。これ、僕の家の肉じゃがと同じ味付けだ。」
この数か月ずっと悩み続けていたことから一瞬で解放されたように僕は一気に肉じゃがを食べきった。
きっと彼女も自分の料理がまずいことを僕の表情から読み取って僕が喜ぶように努力してくれたんだ!
今しかない!結婚を前提に同棲したい事、これからも君だけを愛し続けることを今伝えなくては!
僕の表情とは裏腹に彼女の顔は今まで見たことのないようなまるで感情のない能面のような表情をしていた。

「この肉じゃがさ・・・。これだけの量の砂糖と醤油を入れたんだ・・・。」
そこには、大量の砂糖と醤油を入れた器があった。
僕は、一瞬で理解した彼女の料理がまずかったのではなく、僕の味覚がおかしかったんだと・・・。
「・・・・ごめん。」その後の言葉が出てこなかった。
なんだか恐ろしくなってきた。今までの自分がすべて否定されたような気持ちに押しつぶされそうになった。
僕はすぐに彼女の家を後にした。

取り残された彼女は食べ残された肉じゃがと空の皿を片付け、新しい皿に肉じゃがを盛りつけた。
大量に並んだ調味料棚から赤い瓶を取り出し、そのすべてを肉じゃがにかけ食べ始めた。


「あの二人、やっぱり駄目だったみたいね。」
「そっか・・・。今日あいつすごい落ち込んでたのそれでか・・・。」
「あの子、前の彼氏とも同じようなことが原因で、別れてさ。」
「似た者同士うまくいくかなって思ってけど・・・駄目だったか・・・。というか。あいつ自分の味覚が変わってること知らなかったのか。」



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悪役の哲学~ミミズだって、オケラだって、アメンボだってみんな、みんな生きているんだ友達なんだ~

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悪役の哲学
光あるところに影あり。古今東西各ジャンルにおいてメインの主人公がいれば、必ず悪役がセットでいます。
また、フィクションだけでなく、歴史上や実生活においても必ず悪役と呼ばれる存在が居続けています。
あなたの人生を振り返ってみても、悪役とは言わなくてもあなたに敵対する人物、またはあなたの人生の妨げになる人物はいませんでしたか?
悪役の哲学では、悪役たちの性格、趣味嗜好や考え方、その生き方などを考察していきたいと思います。

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15代いる徳川家の将軍皆さんは何人言えますか?
家康、家光、綱吉、吉宗、慶喜辺りは覚えているという方は多いのではないでしょうか?
15代いる将軍の中でも、特にインパクトが強いのは5代将軍・綱吉公ではないでしょうか。
生類憐みの令という動物愛護法を打ち立て通称・犬将軍お犬様と呼ばれた綱吉公。
行き過ぎた動物保護法で、庶民を苦労させた犬バカ将軍というイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか?
そんな悪いイメージばかり持たれる綱吉公ですが、実は15代いる将軍の中でもかなり有能な人物であるのです。
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徳川綱吉のプロフィール
徳川幕府五代将軍。三代将軍家光の四男。四代将軍家綱の弟。
幼名は徳松、院号は常憲院。初め堀田正俊を大老に任じて政務を執り、学問の興隆をはかった。
正俊歿後は、実権を側用人柳沢吉保らに委ね、また生類憐れみの令を発した。
書を能くし、書風は穏やかな品の良さをみせる。宝永6年(1709)歿、64才。 嫉妬に狂った正室に暗殺されたという説あり
出典;コトバンク
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綱吉公の人柄
自ら学ぶだけでなく、家臣にも講義するほどの学問好きで、意識の高い理想主義者
大名や公家の娘を母に持つ徳川家の親戚の中で八百屋の娘を母に持ったことや身長が124㎝と当時にしてもかなり低かったことなどの生まれながらのコンプレックスがあったせいか、卑屈で短気なそしてくそ真面目な性格であったそうです。
能や書を愛する文化人的な側面も。そして、女好き。大奥なんてシステムあったら誰でも女好きになるよ!
綱吉は、自ら理想とする政治を実現するために、独自のシステムを開発したり、地方の大名の素行不良を正したりしたとても有能な人物。

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綱吉の功績(天和の治)
・将軍の権力の強化
・儒教・仏教・学問支援(寺院を建てたり、儒教者の地位向上)
・大名の取りつぶしによる幕府の領地拡大や治政不良の大名を次々と処罰、不良代官の処罰・交代
・現在の官僚制度のようなものを作り効率化。
・財政を預かる勘定奉行所の機能の大幅強化し、経済発展と貨幣の安定化。
・服忌令(葬儀などのルール)、生類の憐れみの令などの社会モラルの向上政策。
・長崎貿易の拡大・活性化。
理想が高いだけでなく、それを実現するのが綱吉公クオリティーです。
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本当は素晴らしい生類憐みの令
戦のない平穏な徳川幕府の時代になっても、まだ戦国の気風が色濃く残っていたおり、病人や牛馬などを山野に捨てたり、旅先の宿で旅人が病気になると病人を追い出したり、見捨てたりするといったことが平然と行われているのを嘆き綱吉公は「生類憐みの令」によって人間を捨てることを禁じ、貧しさのために犬や牛を飼育できなくなった者達には、役人に届け出るようにと通達した。
生類憐みの令は、本来、人命だけでなく、生きもの全般を大事にする人道的な法律であった。
動物保護の法律と勘違いしている人が多いが、その対象は人間の子供、老人、病人などの保護であり、犬関連の法令が増えたのは、江戸などの都市部で、野犬や飼い犬に関する問題が多かったためであり、綱吉公は別に犬好きではない。衝撃的事実!
人を殺してはいけないという今のごく一般的な事が認識され始めたのは綱吉の時代にモラルの改善がされたからである。
生類憐みの令で重罪扱いだったのはせいぜい一年に数人で、武士階級を中心とした反逆罪者ばかりであり、民衆において生類憐みの令に恐れおののいた者などいなかった。
地方はほとんど影響がなかったなんてことも言われています。
むしろ、法令を皮肉る行動をしたり、犬を殺して見せしめにしたりと、法律に反抗する動きが減らないため、その後、法令が複雑化していくことになった。いつの時代も一定数そんなバカが存在します。
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なぜ生類憐みの令は天下の悪法と呼ばれるに至ったか。
当時の人々は荒々しく娯楽に飢えたものが多く、この意外性の強いお触れに対し、次々に裏をかいておちょくり、その度に幕府側も次々に詳細なお触れで対抗するという、イタチごっこを繰り返し、それを面白おかしく後世に伝えられてしまったのではないかという説。
そして、綱吉の後に政権を握った新井白石が、自分の政権を自画自賛するために、綱吉時代を過剰に貶めて、生類憐れみの令についても害悪を誇張しまくったことによる説があります。
綱吉公ただの被害者です。
どれだけ真剣に世の中のために考えたことでも、ただの暇つぶしに茶化されたり、バカにされたり、自分の私利私欲のために優れた人間の悪評や根も歯のない嘘をつく人物がいるのが世の常です。
本当の悪役は、歴史上には残らないのかもしれませんね。
無題
現代の日本で、人を殺してはいけない、子供やお年寄り、病人などの弱者を守らなければならないという当たり前のモラルが生まれたのは、生類憐みの令があったからこそであるといっても過言ではないのかもしれません。
下手したら、今頃、姥捨て山が大繁盛していたかもしれません。
それに、生類憐みの令がなければ、どこぞの国のように猫や犬を平然と食べるような国になっていたかもしれませんね。
モラル意識の高い日本人というのは綱吉がいたから実現したといっても過言ではありません。
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昔の人「徳川15代もいて覚えづらいな。そうだ!あだ名つけよう!こいつはオットセイ。こいつは米にして。こいつは・・・犬将軍だな!」
歴史の教科書を見た人「犬将軍ってなんだよ!お犬様だって!きっとバカ殿だったんだな!」



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ダニエル・D・木下


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神様は常に皆に平等な存在ではないと私は常々思う。
生まれながらに恵まれ、たくさんのものを得て生まれた者もいれば、何も持たず生まれた者もいる。
他人を羨み、他人に羨まれ人は育ち生きていく。
他人はまるで自分を写す鏡のようだ。
どこにいってもそこらじゅう鏡に覆われた世界。

人生の半ばにおて、私は多くの成功を収めた。
私が憧れ、嫉妬し続けた存在に偽りの姿ながらなることができた。
今、握手をしている相手の瞳に映る愛想笑いをしているこの男はいったい誰なのだろう。

私は、今の成功を収めるため、多くの努力し、多くのものを捨ててきた。
本当のことを知れば、人は私の人生を嘘で塗り固められた偽りの人生だというだろう。
「お前は、人生の途中から自らの人生を捨て、存在しない他人の人生を歩んできたのだ」と笑う声が聞こえる。

時折、じっと鏡を見据えると鏡に映った男がどこの誰なのかわからなくなる時がある。
かと思えば、昔の自分の写真や過去の記憶の自分を振り返ろうとするとまるで赤の他人の思い出を盗み見ているような気分になる。

私は決して、神に優遇された人間ではなかった。
突出した才能に恵まれず、生まれた家は裕福とはいえず、両親も尊敬できるような人物ではなかった。
学生時代は、自ら積極的に他人と関わり合いを持つことなく、クラスで影の薄い存在であった。
この頃の私は自信というものを持ち合わせておらず、常に過ぎ去ってしまった事、自分ではどうしようのない物事に悔恨し、思いを巡らせていた。
そして、自分だけが、白いキャンバスに汚らしく付着したシミのような異物のようだと感じていた。

高校を卒業してすぐ、高校の間にアルバイトで稼いだ貯金で海外へと留学した。
今の自分を変えたいと思い、いくつかの大学のオープンキャンパスを聴講した。
しかし、そこで感じたのは新たな希望や夢ではなく、更なる劣等感だけであった。
それは、アメリカだろうとフランスだろうと変わらなかった。

整ってはいるものののっぺりとした顔、小柄な体格。自信のない表情。
他人の目に映る自分がまるで何の芸も持たないのにステージに立たされた道化のように見えた。
今思えば、ただの被害妄想、自意識過剰に過ぎないかもしれない。
しかし、内から湧き出る何かを確かに私は感じた。
あれが今鏡に映るこの赤の他人なのかもしれない。

そして、私は私の手で自分自身を殺した。
そして、華々しいこの赤の他人の人生をスタートさせた。
欧米人のような彫の深い顔、程よく焼けた小麦色の肌、そして新しい名前。
ついでに経歴も新しい私『ダニエル・D・木下』にふさわしいものにした。

生まれ持った顔、国籍、名前。
所詮すべて他人に与えられたものだ。
誰も本当に欲しいものを与えてくれないなら自分で自分に与えるしかない。
何も持たないあの時の私は、その結果、嘘で塗り固め、嘘をつき続ける人生となったってかまわないとさえ思った。

帰国した私の人生はまさに生まれ変わったように劇的に変わった。
あれほど、嫌っていた他人の目が気にならず、どんな相手にも自信をもって対応することができた。
張りぼてであるが、自信という鎧とその鎧を守るための嘘という剣を携えていた。
そして、その張りぼてはまるで水を吸ったスポンジのようにどんどん大きく剣は鋭くなっていった。

私は、新しく生まれ変わった際、友人も家族も仕事も何もかも持ち合わせていなかった。
だからこそ、嘘という諸刃の刃ともいえる剣を好きなように振ることができた。
しかし、その剣は呪われているのか、決して私の手から離れることはなく、時には私の意志に反して勝手に、いや、自然に振るわれるようになった。

私は、日々恐れた。
いつか、この刃が自分の積み重ねてきた新しい人生を断ち切ってしまうのではないのかと。
私の積み重ねてきたものに嘘偽りはない、だが、私という土台自体が嘘偽りでできているのだ。
どれだけこの赤の他人になりきろうとどれだけ素晴らしい価値観、意見を持とうと皮一枚はがされてしまえば、あのときの悲しい道化に戻るだろう。
いや、あのときよりもひどい、今の私はいかさま道化師だ。

だが、後悔はない。
神様に与えられたものだけでは、決して今のような地位を得ることはできなかった。
あの時の私をだれが認めてくれる。
いったい誰が私の意見に賛同してくれる。
多くの人は、肩書や見た目だけでした人を判断しないのではないか。

また、こんなことばかり考えてしまった。
起こってもいない悪いことばかり考えるのは、悪い癖だ。
ところで、先ほどから鏡に映ってこちらを見ているのは誰だろう?


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歪んだ愛情は悲劇しか生まない。

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道端で、フキノトウを発見!!
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秋田や青森では、フキノトウのことを「ばっけ」や「ばんけ」と呼ばれていますが、由来はアイヌ語であるそうです。
今朝は、雪が降っていましたが、今年の桜前線は例年より早いようですよ!
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DV被害の相談や通報 6万件超え過去最多に!!
DV=ドメスティックバイオレンスの被害で、全国の警察に寄せられた相談や通報が去年、初めて6万件を超え、過去最多となったそうです。
去年1年間に警察に寄せられたDVの被害の相談や通報は全国で6万3141件と、前の年より6.9%増加。
被害者と加害者の関係は、婚姻関係にあるケースが全体の68%を占めて最も多く、次いで、一緒に暮らす交際相手から被害を受けたケースが12%であったそうです。
罪名別では、暴行が4091件、傷害が2963件、殺人と殺人未遂が合わせて99件。
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増加の背景には、DVへの社会的な関心が高まっていることや、一昨年から配偶者や内縁関係だけでなく、一緒に暮らす交際相手から暴力を受けた場合も保護の対象となったことなどが要因となっているそうです。
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DV被害は近年急に増加したものでなく、昔から一定数あったものが、悲惨な事件、多くの被害者の討えにより社会の関心を経たことで浮き彫りになり被害届を出す方が増えたのではないでしょうか。
そのため、DVの被害数が増えたということは、決して悪いだけのニュースではないと思います。
同時にまだまだ浮き彫りになっていない案件は多数あるということです。
無題
未然に防ぐことが一番ですが、人間は時に感情的に行動してしまうものです。
特に親しい人間関係になれば、ちょっとした引き金により誰にでも起こりうる問題だと思います。
しかし、自分の愛する家族や人に暴力を振るという行為は最低の行為(ゲスの極み)です。
もちろんモラルハラスメントも!
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ちなみに、野生動物には、DVやレイプをする動物が多数でいるそうです。
人間は唯一理性を持つ動物と言われていますが、DVやレイプをする人間は理性のない野生動物と変わらないということになります。飼いならされていない野生動物と一つ屋根の下で暮らすのなんて不可能に近い危険な行為です。
また、DVやレイプの再犯率は非常に高いのも大きな特徴です。
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昔に比べて、警察は凶悪な事件に発展する前に、できるだけ早く相談するよう呼びかけるとともに、一時的に避難するための経費を補助するなど、被害者の安全を最優先に対応しているそうです。
しかし、本人の訴えがなければ動けないのも事実です。

警察に相談するのが億劫であるのなら、一人で悩まず、配偶者暴力相談支援センター(DVセンター)もしくは地域の女性相談員・婦人相談員に相談してください。
秋田県のDV相談場所
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統計上、世の中の4割の男性がなんらかの暴力をパートナーにしたことがあると答えたそうです。
そんなに多いのか!!!
普段の日常生活で、他人に暴力を振るわれたら、警察に被害届を出しますよね。
それとDVされたことを相談することに大きな違いはないと思います。
しかし、DV被害者の多くは、加害者に共依存してる場合が多いので、周りの人が相談にのるまたは通報するなど周りの手助けが重要だと思います。目の前で、ひき逃げ見たら通報するのと変わらないことです。
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※共依存
依存症の一種。特定の人間関係に依存する状態。自己の存在意義を認めてもらおうとして過剰な献身をくり返すなどの行為がみられる。DV(ドメスティックバイオレンス)を受けた女性が、「自分が至らないために起こった」と考えて暴力に耐え、人間関係を解消できないなどの例がある。


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テイカカズラの花言葉は依存。
アジサイの花言葉は辛抱強さと無情。
マリーゴールドの花言葉は悲嘆。





子供には、すべてに対して、もっとも大きな可能性がある。

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皆さんは、子供の貧困率という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
日本の子供の6人に1人が貧困で状態であるなんて言われたりもしていますね。

子供の貧困率とは、
貧困率とは、世帯収入から国民一人ひとりの所得を試算して順番に並べたとき、真ん中の人の所得の半分(貧困線)に届かない人の割合。子供の貧困率は、18歳未満でこの貧困線を下回る人の割合を指す。
無題
子供の貧困率が、2012年までの20年間で6倍にも増加しているそうです。
近年、不況により生活保護受給者や失業者が大量に増えたことが、子供の貧困にもそのままダイレクトに繋がっているのが要因です。
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図のURL

それに加えて、現代社会では、働いているのに貧しい「ワーキングプア」の状態の人々や母子家庭の増加による経済問題など子育て世代の現状はとても厳しいものです。

それでは、実際に生活保護を受けている子供は,どれほどいるのでしょうか。
厚労省の『被保護者全国一斉調査』のデータがこちらです。
子どもの貧困①(2011年12月15日)
子どもの貧困②(2011年12月15日)
図URL
多くの方は、「えっ!こんなにいるの!」と思ったのではないでしょうか?
北海道,青森,京都,大阪,兵庫,高知,福岡,長崎は20%を超えていますので、5人に1人の子供は生活保護を受けていることになります。
秋田県でも、小学生では8.7%、中学生では10%で10人に1人と決して低い数字ではありません。
自分と同じ地域に住む子供の10人に1人が生活保護を受けているというのはなかなかの衝撃ではないでしょうか?

勉強ができない、運動ができない、人付き合いが苦手という子はたくさんいると思います。
人には、向き不向きもありますし、なにかをきっかけにそれが改善されることだって大いにあります。
しかし、家が貧しいというのは、子供が自ら子供のうちにどうにかするということは大変難しいことだと思います。
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「自分たちが子供だった戦後戦前の頃だって貧しかったよ!」「今の子供は贅沢だ!」なんておっしゃる方もいますが、高度経済成長で大きく発展した日本で自分たちの孫の世代に自分たちと同じような境遇や苦い経験させたいのでしょうか?
無題
いじめや進学問題さらには子供の人格形成において、家庭の経済環境は大きく影響すると思います。
もちろん、それをバネにして大人になってから成功した人もいるでしょう。
しかし、それは大多数の人間ではありません。
親が子供にほかの子供たちと変わらぬ人生や生活を送ってほしいという思いは、どこのどの親だって一緒の気持ちであると思います。
しかし、親の思いだけではどうすることもできない問題もあります。
メディアも今の子供たちを「ゆとりだ!」「さとりだ!」とくだらないジャンル分けして自分たちとは全く違う生き物であるかのように伝える前にもっと今の子供たちのこのような現状を伝えるべきではないのでしょうか?

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春はあけぼの、我、春眠暁を覚えず。

清少納言曰く、春は明け方が、趣が深く美しいとのことですが、春の夜は短く心地良いため、明け方に起きるなんて私には無理です。
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今日は、午前中から庭の木々の冬囲い外しからスタート。
木々たちを永き呪縛から解き放ちそうろうし、ひと汗かいたら、えむとお散歩へ。
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少しまだ冷たい感触の風と暖かな日差しの中、気持ちよくお散歩。
今年は、ふきのとうをまだ見つけていません。
ニュースで言っていましたが、雪が少なかったこともあり、今年は遅いそうです。
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ミミズがたくさんいる土はいい土だなんて言いますが、犬がほじくる土はどうなのでしょう?
何食べてんだ?えむ!
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うん!今日も花粉がすごい!!!



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