日々の名残り~The Remains of the Days~

パロットで彩られる世界

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1.「いじめはいけないことだけれど、いじめられる側にも原因があると思います。」彼女はそれがまるで間違いのない正論のように自信ありげに発言した。
まるで、いじめという問題が地球の裏側で起きているまるで自分とは縁もゆかりもない問題であるかのように。
ほかのクラスメイトはクラスのリーダー格である彼女の発言を肯定するような態度を見せ誰も決して反論を言わない。
その中には、きっと心の中では「加害者の言い訳だ。」という反感を持ったり、「自分のやってる事を正当化する自己弁護である。罪の意識はないのか?」と思っている子もいるだろう。
それでも、決してその心の内を示そうとはしない。
そんな発言をすれば、自分が彼女たちのいじめの標的にされることが分かりきっているからだ。
先生がやんわりと彼女の意見を窘めるようなことを言い、彼女は心からそう思ってはいないだろうが「はい。そうですね。」と素直な模範生のように先生の言葉を受け止めている。
先生も彼女の態度に満足したのか。それ以上、追及するどころか自分の職務を全うしたかのように満足気であった。

いじめによる自殺が昨今急増したことにより、文部科学省や教育委員会がそのような事件がどこかで起きた場合、クラスでいじめ問題を議題にした討論会を開くことを学校側に促し、子供たちにいじめについて深く考える機会を与え、同じような悲劇を生まないようにとこの討論会は始まった。
だが、決していじめの数もいじめによる自殺も減少傾向にはないのが現状だ。
いじめっこの多くは、クラスの中で比較的ヒエラルキーが高く発言力があり、その上、教師の評価が高い生徒が多いそうだ。
一方で、私のようないじめられる側の人間は、どこか被虐的で自己主張が得意ではない人種であることが多い。
結果として、このような公の場は、もちろん、親や教師に助けを求めることもできずただ耐える事しかできない。
ただ耐えるというその選択が自分をどんどん追い詰めていくことが分かっていてもその選択以外を選ぶことができないのだ。
今日の討論会でも私は一言も喋らず、ただ周りの意見に同調し、ただ自分の存在を消している。
先生一人だけが満足そうな様子でこの会は閉じられた。
この人に私の今の状況を訴えたところで、現在の状況が良くなるとは到底思えないと改めて確信した。
かといって、うちの母はなぜかいじめ関連のニュースやドラマを毛嫌いし、その話題が出るとなんだか不機嫌になる。
そして、決まって私に「いじめだけは絶対だめ。」と私にあまり見せることのない険しい顔で言う。
過去に何かトラウマでもあるのだろうか?
だから、私の家ではいじめの話はご法度だ。
母は、昔高校の教員をしていたそうだが、学校行事にもあまり積極的に参加しようとしないから不思議だ。

2.「所詮世の中は弱肉強食である。弱いものは淘汰され、強いものだけが生き残る。」
弱肉強食が、世の常であるのなら、きっと今頃、サバンナにはシマウマやガゼルはおらず、ライオンやチーターばかりとなっているだろう。
いつから私は、弱者にカテゴライズされたのであろう?
産まれた時からだろうか?それとも自我に目覚めた時からか?それとも、生まれる前からそうなるように決められ世に生を受けたのだろうか?
きっと違う。そのものが、弱者と認識されるまたは、認識するのは自分よりも強い者の標的となった瞬間からだろう。
動物園で生まれ育ち、そして動物園で生涯を終えるシマウマはきっと自分がライオンに狙われその空腹を満たす存在であると気づかずに生涯を終えるだろう。
一方で、サバンナで生まれ育ったシマウマはきっと生まれながらに自分がライオンに命を狙われる存在であると理解しているに違いない。
私はどうだろうか・・・?
いつから同い年で同じ立場にあるはずの彼女らに怯え、彼女らの行う蛮行で下劣な行為にただひたすら耐え、見えない終わりを・・・灰色の学校生活を当たり前のように過ごすようになったのだろうか。
私がこの学校を卒業するまで、きっと今の現状は変わらないだろう。

3.帰宅部の私は、一緒に帰るクラスメイトもなく、いい思い出が一つもないこの閉鎖された空間を早く抜け出したくて放課後になると一人帰路に着く。
私の楽しみといえば、読書くらいだ。
本を読んでいる間は、自分がその物語の主人公になったような気分に浸り、自分の今置かれた状況を忘れられる。
私が読む本は、俗にライトノベルと呼ばれるジャンルである。
特に異世界に転生する話ばかり読んでいる。
夜眠りにつく前に起きたら今の世界とはまったく違う世界に行けたらと毎日願い眠りにつく。
きっと、こんな他人任せな解決法にしか縋ろうとしないから私の現状は変わらないのだろう。

一世代前は、異世界でなく未来や宇宙に行く話が多かったそうだが、科学の進歩によりロボットや人工知能、医療の発達など多くのものが実現したり、多くの惑星の実態が分かったことにより未来や周辺の惑星に希望を持てなくなった結果今とはまったく別の次元、世界へのみ望みを持つものが増え、その結果創作作品の多くは、異世界に行く話ばかりになったのかもしれない。

きっと不老不死やロボットが人間の代わりに世の中に溢れるのも時間の問題だ。

帰路の途中、いつも立ち寄る本屋へ寄った。
自動ドアを抜けると一番目立つ位置に今日発売されたばかりと思われる週刊誌が並んでいた。
どの雑誌も「いじめ撲滅組織『インコの会』政府が容認。いじめ撲滅法成立。」の見出しばかりだ。
どうやら新学期に合わせていじめ問題を0にする画期的なシステムが導入されるらしい。
インコの会とは、世界的に有名な科学者である柳田教授という科学者を中心とした会で、実際に日本と同じく、いじめの多い国である中国で驚異的な成果を出し、日本でも彼にいじめ問題根絶の白羽の矢が立った。
週刊誌の表紙に写る柳田教授は実年齢よりもだいぶ若く見える。
なぜ『インコの会』というのかは、インコという動物は多少の優劣、順位付けはあるもののタテ社会がなく均等なヨコ社会であり、多くの動物に見られる弱者・強者を決めることのない動物であるのに由来するらしい。
それは、ペットの代表格である犬と違い、飼い主すらも同格扱いするそうだ。

あんなに人口の多い国でほとんどいじめがなくなったとは信じられないと思った。
中国といえば、この間の歴史の授業で中国の唐の時代の話の途中、先生が「中国では、纏足(てんそく)と呼ばれる女の足を幼児期より布を巻かせ、足が大きくならないようにするという風習があってな。その頃の中国では、足の小さい女性が美しいとされ、無理やり成長を止め奇形となった足に小さく美しく施された靴を履かせ、その美しさや歩き方などの仕草を楽しんだそうだ。」と話していたことを思い出し、あの話を聞いた時の恐ろしさを思い出し、おもわず身震いした。
同時にこのよくわからない団体も法律もきっと私の今の現状を救ってはくれないだろうと思った。

4.私の学校では、残念ながらクラス替えがない。新学期となり、始業式の日、新しい教室に入ってもまったく新鮮味を感じない。
また、同じ苦痛を一年間味わなければいけないことに去年ほど嫌悪感を感じていなかった。
人の慣れとは怖いものだ。
私は、今の現状が変わることを諦めていたのかもしれない。

私へのいじめが始まったのは、入学式が終わり、ちょうど今校庭を彩っている桜が散り去った頃からだ。
積極的に話に入れず、スタートから出遅れた私はいつも休み時間することもなく毎日本を読んでいた。
何度か、初対面のクラスメイトが話しかけてくれたが、話を膨らますことができず、上手く応対できないうちにすぐにクラス中心を牛耳るグループに目を付けられた。
最初は、軽く茶化される程度だったが、ただ薄ら笑いで応え俯く私の反応を見て私へのいじめはエスカレートしていった。
どこからがいじめで、どこまでがただの遊び、戯れなのかはやられた人間しかわからない。
ただ、少なくとも痣が残るほどの暴力を受ける、私物を隠される、いじめの主犯格以外に無視される。掲示板やLINEのグループで私の悪口や謂れのない噂を流される。
私が受けたこれらの行為は決して遊びでは済まされないのではないだろうか?
彼女があのとき言った。「いじめられる側にも原因がある。」と、私にはこんな行為をされるなければいけないほど、なにか自分では気づいていない落ち度があるのだろうか?
桜色に色づく校庭の景色と活気に満ちた新年度の校舎内の空気の中で、私の周りだけがひどくどんよりと重い空気と色彩を持たない酷く色あせた世界のように感じた。

5.2年生の新学期、クラスに一つだけ変化があった。
新学期に合わせて、転校生が私のクラスに転入してきたのだ。
名前は、虹村玲子。
彼女は、透き通るような白い肌にその白をより際立たせるショートボブの黒い髪。
物静かで、なんだか人を寄せつけない雰囲気を持ち、すべてを見透かしたような眼をしてほとんど感情を出さない。
彼女はまるで人形か、ロボットのような精密機械や作り物のような美しさがあった。
クラスの中心グループを無下に扱い誰も寄せ付けないような態度を示した。
そして、なぜか臆することなくクラス中から空気のように扱われている私には普通に接してくれた。
そんな虹村さんを彼女たちが気に食わないと思うのは当然の流れだった。
そして、虹村さんは私の身代わりのようにいじめの標的にされた。
子供が新しいおもちゃを買ってもらい、いつも遊んでいたお気に入りのおもちゃをおもちゃ箱の奥底に忘れたようにしまい込むかのように私へのいじめはぱたりと止んだ。
新しいおもちゃとして選ばれた虹村さんはまるで感情のないかロボットのように彼女たちの低俗な蛮行、陰湿な行為を受けても平然としていた。
虹村さんのまったく彼女たちの行為を異に返さない反応を見て、残虐な彼女たちの行為は、さらにエスカレートしていった。
私への行為はほとんどなくなったが、相変わらず私はクラスでいない存在かのように扱われている。
そして、私の代わりに標的となった虹村さんを見るたびに私の弱い心は自分が同じことをされていたときよりも締めつけられた。
彼女たちは、誰でも良かったんだ・・・。
私が受けた耐え忍んできた数々の行為は、別に私でなくてはならないわけではなかったと思うとただひたすら耐え続けた自分の行為が何の意味もなく感じ、自分のしてきたことはまるで空虚なものだと改めて突き付けられたようだった。
同時にこのまま、虹村さんだけを生贄のようにして自分が何食わぬ顔をして過ごすというのは、彼女たちと同じような下劣な存在になってしまうように思えた。
「虹村さんを一人にはしない!」そう決意した。

学校が帰り、そんなことを考えていると家に着いた。
玄関を開け中に入ると夕食の準備が終わったのか、ダイニングのテーブルに座り夕方のニュースを母が見ていた。
テレビからは、先日可決されたいじめ撲滅法案の特集が流れていた。
私に気づいたようで、母がなぜだがすぐにチャンネルを変え、私に「おかえり。」と声を掛けた。

6.あの日、決意して私はすぐに行動した。
異世界にでも行かなければ、変われないと思っていたが、ない勇気を振り絞り虹村さんに声を掛け、学校にいる間できるだけ一緒に行動した。
彼女はいつも「私には関わらないでほしい。」「ほっといて!」「自分の事だけを考えたら?」といつもの変わらぬ表情のない顔で起伏のないトーンで言った。
それでも、私は彼女と行動を共にした。、
なし崩しのような形で、彼女は私を受け入れてくれた。
中学に入って初めての友達ができた。
少しでも仲良くなりたいと彼女と色違いの見る角度によっては不細工に見える猫のぬいぐるみキーホルダーを2つ買って彼女にひとつあげた。
きっと、受け取ってはくれないだろうなと思っていたが、彼女は当然のように相変わらずの無表情で通学バックにそのお揃いのキーホルダーを付けてくれた。
灰色だった私の学校生活がほんのりだが色づいた気がした。

彼女たちの行為は相変わらずだが、一年前よりも辛くない。
虹村さんは相変わらずまったく意に介さない様子だ。
虹村さんは、ほとんど自分の事を話してくれない。
私は、彼女について知りたいことがたくさんある。
学校では、いつも一緒にいるのが当たり前になったが、学校外の虹村さんを私は知らない。
彼女はなぜか携帯を所持していなかった。
前の学校の事や休日何をしているのか、好きな本は何かなど聞きたいことは山済みであった。
特に彼女は、夏でも黒いタイツを着用しているのがずっと気になっていたが、その話題に触れてしまうと今まで積み上げてきたものが一瞬で崩れ落ちてしまうような気がして口に出せずにいる。

7.3年生に上がり夏が過ぎると受験を意識してか、彼女たちの行為は表立ってはなくなった。
その代わり、受験のストレスのせいか陰湿な行為だけかエスカレートしていった。
特に虹村さんへのネットやSNSを介した罵詈雑言、誹謗中傷は見るに堪えないものだった。
何もできない自分に腹が立った。
それでも、虹村さんの態度は変わらなかった。
早く時が流れ、この閉鎖された環境を離れたいと只々私は願った。
3年間、模範生の仮面を被り続けた彼女たちは県内でも有数の進学校への進学がほぼ確定しているようなのがより私の感情を逆なでた。
きっと彼女たちはこの後の人生も上手く仮面を被り、裏では他人を陥れ、弱いものをいたぶり自分たちのストレス発散や虚栄心の為に誰かを虐げ狡猾に生きていくのだろう。
世の中に正義はない。世の中は不平等だ。と私は思わずにはいられなかった。
卒業式を終え、彼女の正体を知るあの日まで少なくとも私はそう思っていた。

8.私はなんとか県内でちょうど中間ぐらいの偏差値の高校に合格した。
そして、やはり彼女たちは志望校に受かり、おそらく今後も改心することなく、数年後にはきっと私や虹村さんの事を昔の懐かしい思い出話を語るように笑い話として話すであろうレールに乗ったのだ。
卒業式の一か月前虹村さんは学校に来なくなった。
「親と夜逃げした。」「援交がばれて高校の内定が取り消しになった。」「妊娠して学校をやめた。」など学校では根も葉もない色々な噂が飛び交った。
卒業式はまったく感動もなく、まるで長い服役が終わった囚人のような気分だった。
結局、最後まで彼女たちの行為に気づくことのなかった担任は涙を流しながらなんだか自分に酔いしれるような演説をしていたが一言も心には残らないひどく薄っぺらい言葉の羅列に聴こえた。
そして、一か月前から登校していない虹村さんはもちろん、なぜか私たちをいじめ続けた彼女たちの姿がなく不思議に思った。

式を終えた次の日、なんだかこのまま虹村さんに一生会えないような気持ちで胸がざわつき、もう二度と訪れることはないと昨日校門を出るときに思った学校へ向かった。
担任に頼み込んで、虹村さんの住所を聞き出した。
住所を聞いて驚いた。担任が教えてくれた住所は電車で、一時間半かかるところだったからだ。
財布の中身を確認した。幸い親戚縁者からの卒業祝いで財布にはいつもよりも現金が入っていた。
急いで電車に乗った。電車に揺られ、聴き慣れない名前の駅で降りた。
スマートフォンの地図アプリを使い、目的地へと向かう。
見知らぬ土地に恐怖を感じたが、彼女に二度と会えないことを想像すると自然と歩が進んだ。
20分ほど歩くと地図アプリが目的地を知らせてくれた。
そこは見知らぬ大きなビルであった。
私はこのとき狐につままれたような気分というのを初めて味わった。
恐る恐る自動ドアを開ける。
受付のお姉さんに緊張しながらたどたどしく、自分の名前と自分がここに来た理由を話した。
「そこのソファーにお掛けになって少々お待ちください・・・。」受付のお姉さんは私の緊張をほぐすように優しく微笑み私は促されるまま慣れない妙にふかふかのソファーに腰掛けた。
視線の先に鳥の大きな銅像が見えた。
「何の会社だろう・・・。」
後ろからこちらに近寄る足音が聞こえる。

9.こちらに近づく足音に気づき、振り返ると見知らぬ白衣を着た30代ぐらいの男性が笑顔でこちらに向かってくる。
なぜか肩にインコを乗せて・・・。
なんだか見たことのある顔だと思った。自分の記憶を必死に思い起こす。
肩のインコと自分の記憶を思い起こし、彼が誰なのかようやく気が付いたときには、すでに彼は私の対面のソファーに腰かけていた。
「やあ~。はじめまして。私は柳田浩司といいます。君は、瀬戸亜里沙君だね。」
テレビや雑誌でよく見かける有名人に不意に自分の名前を呼ばれ、状況の把握ができず、なんとか上擦った「はい。」という返事と肯定する頷きをするので精一杯だった。
「状況がわかないのもしかたないよね。君が来るのはなんとなく想像できていたんだ。虹村くんに会いに来たんだよね?」
私はまた頷く。
彼は静かに話し始めた。

10.柳田教授の話を聞き終えた私は、まるでこれは夢ではないかと思いながら夕暮れが近づく見知らぬ道を駅へと向かった。
教授の話によると虹村さんが私の学校に転校してきたのは、4月に教授たちの進めたいじめ撲滅計画といじめ撲滅法案のためであった。
ネットや学校裏掲示板、SNSなどの情報を元に全国のいくつかの学校へといじめ調査員たちが転校生として派遣された。
そして、虹村さんもその一人であった。
つまり、その年から全国の学校で、転校生が不自然なほど増え、そして、その転校生たちは学生ではなかったのだ。
その転校生の目的は、学校でのいじめを生徒に紛れ探し、見つけた場合やいじめが発生した場合は、自分がいじめの標的となったりして、その問題を解決するよう努めるとともに、柳田教授の率いるインコの会に報告することであった。
その報告内容に応じて、いじめっ子たちをインコの会が運営する更生学校に強制的に入れるシステムとなっているそうだ。
卒業式になぜか参加しなかった彼女たちもせっかく合格した県内有数の進学校の内定がなくなり、その代わりとしてインコの会の更生学校へと強制的に入校させられたと言っていた。
あれだけ、進学校への合格を自慢して歩いていた彼女たちがほかのクラスメイトに合わせる顔がなく、卒業式に訪れなかったのだと私は納得した。
もちろんその年1年間だけでことではなく、一年目は仕方なく転校生として送り込んだが、翌年からは新入生に紛れ込ませたらしい。
調査員というよりはスパイのようだと思った。

11.柳田教授は、虹村さんのそして、調査員たちの正体も教えてくれた。
彼女たちの多くは、昔壮絶ないじめにあった被害者たちであり、柳田教授が開発した成長抑制法を自ら受けた者たちあった。
その成長抑制剤は、服用から20~30年の間に副作用で多臓器不全を100%患い短い生涯終える代わりに服用したときから一切年を取らないと言う。
ふと以前に聞いた纏足の話を思い出す。
無理やり体の成長を止めて体に良いわけがないと思った。
それを楽しそうに話す目の前の白衣の男性がとてつもない狂気を持った人間に見えた。
そして、復讐の為か、それとも純粋にいじめを根絶するためなのか、自分と同じ思いをする人間を作らないためか自らその命と人生を捧げるいじめ調査員という人たちにも同じ狂気を感じた。
虹村さんは、壮絶ないじめが原因で自殺をして一命を取り留めたところを柳田教授に声を掛けられたそうだ。
彼女が夏でも厚い黒タイツを着用していたのはいじめにより、足に大きなやけどを負ってしまいその傷を見せないためであった。
なぜ、そんな重大なことを私に彼が話してくれたのかは、すぐにわかった。
私にも虹村さんと同じ調査員に勧誘するためだ。
調査員は、20~30年しか生きられない。
それに今後、いじめがなくなればなくなるほど調査員が少なくなるのは明白だ。
私は怖くなった。
柳田教授の誘いを丁重に断り、出口へと向かった。
柳田教授は怒るわけでもなく「そうか。残念。今日聞いた話も虹村くんのことも忘れた方がいい。そして、高校では良い学校生活を送れるといいね。」と引き留める様子もなく笑顔で答え出口まで私をエスコートしてくれた。
帰り際になぜか「そうだ。お母さんによろしくね。」と言って笑った。
そして、結局私は虹村さんにその後会えることはなかった。

家に帰ると母が私の卒業アルバムを見ながら帰ってきた私に「おかえり」と言った。
私にたわいない事を聞きながらページを捲る。
私は、それに気のない返事で答える。
さっきまで楽しそうに見ていた母が急に静かになり、不審に思い視線を送ると凍り付いたような顔をして一番後ろの一人一人の写真と名前が載ったページを見ていた。
その視線の先には、虹村さんがいた。
私はなんだか怖くなり、2階の自分の部屋へと向かった。
ベットへ横になり、教授の話や虹村さんのこと、母の卒業アルバムを見る顔について考えを巡らせていると眠りについていた。
目が覚めたのは、深夜だった。
時計を見ると2時を回っていた。
トイレに向かおうと部屋を出ると一階に電気が付いているのに気づいた。
すすり泣くよな声と何かを繰り返しつぶやくような声が聞こえる。
そっと物音が立たないように階段を下りる。
「ごめんね・・・ごめんね・・・陽子ちゃん・・・ごめんね。・・・陽子ちゃん・・・陽子ちゃん」
母がダイニングのテーブルに座り、卒業アルバムを見つめ泣きながら私の知らない名前を繰り返し呼んでいた。
ふと、柳田教授が「母によろしく。」と言っていたことを思い出す。
もしかしたら、虹村さんの本当の名前は陽子で、母が教員時代に受け持った生徒ではないかと私は考えたくない想像を膨らませた。
彼女を救えなかったことで、母は教師を辞めたのではないかと思った。

次の日の朝、起きると母はいつものと変わらぬ様子で朝食を作っていた。
「おはよう。」無理に笑顔を作り母に向け私は言った。
「おはよう。」少し枯れた声で母が答えた。
いつもと違うのは、その目が泣き腫らした赤い目をしていることくらいであった。
私は、母に真実を聞く勇気がなくいつも通り接した。
時が経ち、私が自分で辛い中学生活のことを打ち明けれる日が来たらきっと母も彼女の心の奥底にしまった陽子さんとの思い出を話してくれるだろうと思った。
そして、それは、きっと今ではない。

12.はじめて教室に入る瞬間はいつもドキドキしてしまう。
周りは知らない人だらけ、皆が自分を値踏みしているような感覚に襲われる。
お腹の奥からむかむかとしたものが込み上げてくる衝動に襲われぐっと堪える。
黒板の座席表を確認し、自分の席に着く。
私の席は窓際の一番後ろ、自分の席へ座ると少し気持ちが安らいだ。
手持無沙汰で、本でも読もうかと思っていると「ねぇねぇ、これ可愛いね~。」ふと横から声がした声の方へ顔を向ける。
隣の席に座る私と同じ真新しい制服を着たポニーテールの子が私のバッグに付いている見る角度によっては不細工に見える猫のキーホルダーを指差し愛らしい笑顔で言った。
「私、愛音よろしくね。」彼女の簡単な自己紹介を受け、私もそれに続けおうむ返しのようなたどたどしい自己紹介をする。
それから、担任が教室に入ってくるまでたわいもない話を彼女とした。
少なくとも、私の高校生活のスタートは、中学ほど悪くはない予感がした。
これも虹村さんに出会えたからかもしれない。
校庭に咲く桜のピンクが以前より色鮮やかにまるで世界が私を受け入れてくれたような優しい色合いに見えた。
きっと、どこか私の知らない土地にいる彼女もこの時期に咲くピンクの花を教室から眺めているのだろうか?
その傍らに誰かが寄り添っていることを私は願う。


~fin~


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シロとクロとシロ

以前書いた「デュランタの咲く庭」を加筆、改変しました。
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1.「吾輩は犬である。」
クロさんが言っていたが、動物が自分の事を語り始めるときは最初に「吾輩は」と名乗らなければならないらしい。
そういえば、じいちゃんが手紙を書くとき、「ハイケイ」というのを毎回つけなくては、いけなくて漢字が思い出せず面倒だと言っていたがそれと同じようなものなのだろうか?
クロさんとは、この辺りの近所のことはもちろん、なんだって知っている博学な黒猫だ。
僕がこのうちに来て右も左もわからない状態だったときに僕の家の塀に突然現れ、無知な僕にたくさんの事を教えてくれた。
「俺は昔100万回生きた猫と呼ばれていた」や「昔は魔女とコンビを組んで宅急便をしていた。見てみろシロ!あのトラックの黒猫は俺がモデルなんだぜ。」と時折嘘か本当か無知な僕にはわからないことを言ったりもしている。
その話は、半信半疑だが、僕はクロさんを尊敬している。
クロさんが僕の飼い主をご主人と呼ぶのがカッコよくて僕も真似してみたがどうしても「ごすずん」となるのが最近の悩みだ。

一日中、家の庭にいる僕と違って自由気ままなクロさんはどこにでも出かけてi行き、その話を僕に聞かせてくれる。
それが羨ましく思うこともあるけれど、昔の事を思い出すと今が幸せでこの幸せを手放してまで自由はいらないと思うのが本心だ。
僕の前のごすずんは、年配の夫婦だった。
冬になると雪の降る街で優しいごごすずんと毎日穏やかで幸せに暮らしていた。
子供たちが皆、都会に行ってしまい取り残された二人は近所のコンビニの前に捨てられ保健所に行くところだった僕を引き取り息子のように可愛がってくれた。
僕は、初めて自分の居場所ができたと思った。
そして、この幸せがいつまでも続くと思っていた。
だが、ある日その幸せな日々は一瞬で消え去った。
震災で、ごすずんと離れ離れになり、僕は一人で一変してしまった住み慣れたはずの街をじいちゃんばあちゃんと呼びながら彷徨った。
辺りには、たくさんの匂いが入り混じり、道は塞がれいつものように匂いで自分の家の方向に向かうことができない。
それでもようやく帰るべき家のあった場所に辿り着いた。
だが、家のあった場所はがれきに塞がれ跡形もなくなっていた。
僕はまた自分の居場所を失ってしまった。
そんなときにボランティアに来ていた今のごすずんに出会った。
そして、僕はこの雪の降らない街にやってきた。

2.この街に来て、数か月が経った。今頃僕の生まれた街では、もう雪が積もっている頃だろう。
僕と同じ色をした雪が僕は好きだ。
雪が降るとよく庭を駆け回った。それを笑顔で見つめるじいちゃんばあちゃんの姿が今でもはっきりと記憶に残っている。
近所に犬を飼っている家がないらしく、物珍しいのか、近所の子供たちやお年寄りはよく僕の真っ白な体ををなでたり、なにか食べ物をくれたりする。
特にクロさんと一緒にいるときは白黒で並んでいるせいか学生たちがカメラを向け、僕たちを撮影していく。
特に一人頻繁に写真を取りに来る女の子がいる。
ごすずんは仕事で忙しく朝と夜以外ほとんど家にいないが、近所の人は優しいし、クロさんは毎日のように会いに来てくれるため寂しくはない。
それ以外の時間は、日向ぼっこか塀に上り僕の家の前にある白い洋館のような家をぼーっと眺めているとあっという間に1日が終わる。
僕の毎日は変わらないこの繰り返しだ。
あとは、たまに来る赤いやつ(じいちゃんばあちゃんの家にも来ていた。)が来た時に吠えるくらいだ。
クロさんが手紙を届けてくれる人だと教えてくれ、あの赤いのに吠えてはだめだといつも言われるがどうしてもやめられない。なぜだろう。

3.僕がいつも塀の上から眺める白い家には、おばあさんが住んでいる。
僕と同じ色だからか。じいちゃんばちゃんを思い出すからか。
あの家と住んでる人には親近感が沸く。
僕が来た頃は、二人でよく庭にある家と同じ白いテラステーブルでお茶を飲んでいた記憶がある。
それを見ると縁側でよく二人でお茶を飲んでいたじいちゃんばあちゃんを思い出した。
そして、温かいような悲しいような気持ちになる。
それがある日を境に白い家のおじいさんとおばあさんを見なくなった。
そしたら、数日後、家の前に僕とクロさんが並んだような白黒の幕が張られ、その中にぞろぞろと黒い服を着た人が入っていく姿が見えた。
なんだかあの白い洋館の家には似合わない幕だった。
僕のごすずんも普段の恰好とは違うその人たちと同じような黒い服を着て列に混じっていった。

あとから、クロさんにそのときの話をしたら
「それは、葬式ってやつだ。俺がしばらく来ない間にあの爺さんが死んでしまったんじゃないか。最近元気がないと思っていたがついにか・・・。俺も昔から可愛がってもらっていたからな・・・。そうか・・・あの爺さんが・・・。」クロさんは遠くを見るような目で言った。
僕は、葬式という言葉はぴんと来なかったが、死という言葉を聞いて怖くなった。
同時に僕を育ててくれたじいちゃんばあちゃんの顔が思い浮かんだ。
二人で誰もいない白い家の庭を見た。
なんだか、いつもよりも広く寂しい庭に見えた。

それから、おばあさんを庭で見かけることがめっきりなくなった。
庭をよく見ると僕がこの家に来た時よりもなんだかすっきりと寂しい印象になった気がする。
その話をクロさんにしたら、
「爺さんそういえば、少し前から毎日庭を整理したり何かの種を蒔いたり作業してたみたいだな。」
そういうば、よく作業しながらおじいさんは、僕と目が合うと話しかけてくれていたことを思い出した。
僕も尻尾を振ってそれに答えていた。
「俺ら、動物は死ぬときに姿を隠し、死に際を見せず自分の生きた痕跡を消そうとするが、多くの人間はまったく逆で死ぬ間際になると自分の生きた証を何か残そうとするらしい。爺さんもきっと庭に爺さんが生きていたという何かの証を残したかったんじゃないか?」
僕たちの目の前の庭は、まったく何もなく白い家と同じく白いテラステーブルと二脚のイスだけが寂し気にあるばかりだった。

4.頭では、わかっていてもやはりなかなか気持ちを切り替えることができない・・・。
今朝も起きて横にあの人がいないことに自然と目から一筋の雫が流れた・・・。
一人の生活に慣れるのは、まだかかりそうだ・・・。
40年も連れ添ったのだから仕方ない・・・。
子供がいればまた違ったのかもしれない・・・。
子供とまでは言わずともせめてシロがいてくれたら・・・。
昔に比べて平均寿命が伸び、これからも伸び続けるだろうとニュースで言っていたがこれからこの一人きりの生活があと20年以上も続くと思ったら恐ろしくなった・・・。
数年前に足を悪くしてから、あまり外を出歩かなくなった・・・。
夫の遺影を見ながらまるで実際にそこにいるように話しかける。
「あなた・・・私・・・これから・・・どうすればいいのかしら・・・。」
夫が生前よく読んでいた植物図鑑をパラパラとめくる。
1ページだけ四隅を糊付けされ閉じられページがあり付箋が貼られていた。
付箋には「庭の花が満開になったら開けなさい。」と書いていた。
「どういうことかしら・・・?」

5.遠くから僕の名前を呼ぶ声がする・・・。
遠くのほうから小さく・・・でも僕にははっきりと聞こえる・・・。
聞きなれた温かく懐かしい声・・・。
僕は必死に辺りを見回す・・・。
鼻が利かない・・・。
僕はここにいるよと鳴く・・・。
僕の声だけが暗闇に響き渡る・・・。

久しぶりに夢を見た。
夢を見るのは、人間だけだと人間は思っているが、じつは僕たち犬も夢を見る。
クロさんに聞いたらクロさんも見ると言っていたけど狩りや得体のしれないものから追われ逃げている夢が多いからあまり好きではないと言っていた。
最近よく同じ夢を見る。
そして、その後はお腹が空いてるわけでもないのに「クゥ~ン」と寂しい声が出る。
この季節は、暖かくてついついうたた寝をしてしまう」。
塀にのぼり、通りの向こうの白い家を見る。
何もなく寂し気にだだっ広く見えた庭に何かの植物が生い茂っていた。
きっとおじいさんが生前一生懸命植えていた種が目を出したのだと思った。
一体どんな花が咲くのだろう。食べられるのかな?
最近、暖かくなってきたおかげかおばあさんを庭でよく見かけるようになった。
慣れない手つきで伸びすぎた茎を切っている。
しばらく見ない間に少し痩せた気がする。
ごすずんが僕のために買ってきてくれた僕の家の下に大事に埋めてある鳥の骨を分けてあげようかとさえ思った。
後ろからクロさんの声が聞こえた。

6.四季があるというのは、素晴らしいものだ。
春が訪れ、柔らかな日差しが差し込み暖かな気候となると人は自然と外に出たくなる気分にさせられる。
日照時間と自殺率には大きな因果関係があるということに納得してしまう。
庭へ出るリビングのドアを開けステップから降りた。
日光や若葉、花の匂いがした。
夫が生前綺麗に整理した庭は少し寂しい雰囲気だったが、気が付くと見慣れない観葉植物のようなものが青々と生い茂っていた。
そういえば、夫が生前何かの種を庭に蒔いていたことを思い出した。
きっと自分の生きた証を残したかったのだろうと思ったら見慣れないその植物が急に愛おしく思えた。
実や種を付けるのだろうか?
そもそも彼は植物になんて詳しかっただろうか・・・?
私もほとんど植物の知識はないが、それでもあの植物に実や花を付けることを決意した。
ぽっかりと穴が空いた空虚な心が少し和らいだ気がした。
昔読んだ小説を思い出した。

少年は広い砂漠で迷子になった。
もうだめかと思ったとき、少し先に咲く一輪の花に出会った。
花に勇気づけられ少しずつ一歩一歩進む。
進んだ先にまた花が咲いていた。
今度は仲良く咲いた二輪の花が。
少年はまた進む。
丘を越えるとそこにはたくさんの花に囲まれたオアシスがあった。

「絶望の中にあっても少しの希望があれば、きっと人は大きな希望に向かって進むことができる。」

7.いつも一匹狼の孤独を愛するクロさん。
そんなクロさんが白い小さな猫を連れ立ってきたのに驚いた。
それはまだ生まれたての小さな小さな生き物だった。
全身真っ白で青い瞳をしている。
遠くから見るとクロさんの同族というより僕の同族に見えた。
クロさんがその白い生き物を紹介してくれた。
「こいつは、近くの電柱に捨てられてたやつだ。誰も拾ってくれそうにないから俺が一人前になるまで面倒見ることにした。名前はまだない。」
クロさんがニッと笑った。
まだ名前のないその小さな生き物も弱弱しくも誇らしげに鳴いた。
自分がコンビニの前に捨てられていたときの悲しい記憶をぼんやりと思い出した。
名前のない白いやつが無性に愛しく思えた。

8.私は梅雨の雨が嫌いではない。
なんだか梅雨の雨は優しい雨な気がする。
春や秋の雨に比べると冷たくない分痛めた膝にも痛みは少ない。
今年の梅雨は早く終わりそうだ。
梅雨が終わり、夏が来ると一歳年を取る。いやでもこれからずっと一人で年齢を重ねていくことを実感させられる。
庭の植物はようやく蕾が付いてきた。
この調子なら夏には庭いっぱいに花が咲くだろう。
楽しみが増えた。
私にとってのオアシスに巡り合うのももうすぐだろうか・・・。
先の事ばかり考えても仕方がない。今は日常の小さな希望を探すことから始めよう。


9.名前のない白いやつは見るたび大きく元気になっていた。
初めてクロさんに紹介されてから2か月以上が経っていた。
なんとなくクロさんも大きくなっているのは気のせいだろうか?
二人で歩いているときっとたくさんの餌をもらえるのだろうと想像した。
この町の人は優しい。だけども、世の中には、昔の僕や名前のない白いやつみたいに生まれたての子供を平然と捨てる人間もいる。
今日もどこかで平然とそんな行為が行われているのかもしれないと思うと恐ろしく思うと同時に二回も拾われた僕はとても幸運であるのかもしれないと思った。

「クロさん、いい加減名前は決まった?」
「厳正な審査の結果・・・候補は5つまで絞れたぞ!」自信ありげにクロさんは答えた。
白いやつも誇らしげに鳴く。
博学なのも考え物だと思った。

10.「絵梨~見て!見て!」
HRが終わってすぐ、さやかが唐突にスマートフォンの画面を見せてきた。
白黒白と大きい順に綺麗に並んだ3匹の犬と猫が仲睦まじくして並んでいる姿が画面に写っていた。
「なにこれ!すごい可愛いね~。」
癒しと可愛らしさの象徴のような絵面に思わず頬が綻んだ。
「でしょ~!これ隣町の子が撮ったんだけど~その子~自分の住んでる街の動物を取ってよくUPしてる子で~。たぶん、絵梨と同じ動物好きの子なんじゃないかな~。」
私は動物が好きで、高校を卒業したら獣医の専門学校に進学しようと思っている。
何度も親に動物を飼いたいと言ったが、猫アレルギーの父と私には世話できないと頑なに反対する母に反対され、その願いは未だに叶わずにいる。
それでも、中学2年生の時に東北にある父の実家に行き、おじいちゃんおばあちゃんの飼い犬と数日一緒に過ごせたことがある。
良い思い出だ。
私の待ち受けは未だにその白い犬とのツーショットだ。
でももう会うことはできない。
震災の時にいなくなってしまったとおじいちゃんおばあちゃんは悲しげに話していた。
震災で家をなくしたおじいちゃんおばあちゃんは私たち家族と一緒に暮らしている。
たまに寂しそうに二人で今は亡き、犬の思い出を話している。
白くて可愛い犬だったな。
まるでこの犬みたいに・・・。
おじいちゃんおばあちゃんにこの画像を見せてたら喜ぶかな。
「さやか、この画像、私に送ってくれない?」

11.ある朝、庭に出ると見知らぬ小さな生き物がいた。
白い毛で被われた淡いブルーの瞳の猫。いやサイズ的に子猫か。
初夏の朝日に照らされ真っ白な毛は艶やかに光っていた。
昔夫婦で飼っていた白い猫を思わせる。
まだ小さい。子猫と呼ぶにふさわしいサイズだ。首には何も付けていない。
私の足にすり寄ってきた。
「なにかこの子に食べさせられるようなものはあったかしら?」

それから毎日のようにその子はやってきた。
そして、近所に昔からいる黒猫が迎えに来ると食べかけの餌すら置いて一緒に帰っていく。
「あの猫が親代わりなのかしら?」
その白い子猫を私は「マシロ」と名付けた。
庭の花が徐々に咲き始めた。
白い色に囲まれた淡く上品な紫が見える。
マシロを膝に乗せ、その花を眺める。
「満開になったら、あのページを開こう。マシロと一緒に。」
家の前に黒猫の姿が見えた。
先ほどまで、気持ちよさそうに寝ていたマシロが黒猫に向かって駆けていく。
その後ろ姿にまた明日来てくれることを願った。
今日は、首輪を買いに行こう。
そう思った。

12.日差しが暖かい、今日は風があって特に気持ちが良い。
塀の上から白い家を見る。
春が訪れるまで、何もなかった庭に花が徐々に咲き始めていた。
最近、白いやつがおばあさんと一緒にいるのをよく見る。
クロさんに聞いたら「マシロ」という名前に決めたそうだ。
女の子らしくてかわいい名前だと思った。
それに僕の名前に似ている。クロさんが前に言っていた長ったらしい難しい名前よりも断然いいと思う。
マシロといるときおばあさんは幸せそうだ。
僕も小さい頃、よくばあちゃんの膝の上で寝ていたことを思い出す。
マシロの首元に瞳と同じ青い首輪が見えた。

13.「なんだよ。俺にあいさつもなくいっちまうのかよ。」
「私もそろそろ潮時でね。先に行ってるわ。」
「・・・・・・・。」
「そうだ!もし、おじいさんとおばあさんどちらかが先に亡くなったら、よろしく頼むよ。」
「……任せろ。」

近所の小学生が何か紙の付いた笹を抱えて歩いていくのを見かけてた。
今日も僕の一日は変わらない。
塀に上り通りの向こうを見る。
最近、通りの向こうに見える景色に変化があった。
白一色に統一された家の周りに白い縁取りをされた紫の花が咲き乱れていた。
色を塗り忘れていた絵を彩るように。
その絵の中心では、椅子に座るおばさんとその膝に乗るマシロの姿見えた。
そういえば、最近クロさんを見かけない。

14.マシロが来てから毎日あの人のことを思い出して心にぽっかりと穴が開いたような気分を味わうことが少なくなった。
今日でまたひとつ年を取る。
危惧していた一人で迎える誕生日ということは、マシロのおかげで回避できた。
あの人が最後に残してくれた植物図鑑を開く。
傍らでマシロも見守っている。その背後には、紫の花が咲き誇っていた。
カッターを使い、四隅が軽く糊付けされたページの癒着をきれいに剝ぎ取る。
庭先を囲む紫の花と同じ花の写真が大きく載っていた。
その下の説明文を読む。
「デュランタ クマツズラ科・・・・・16世紀の植物学者・・・・・・7月18日の誕生花・・・・花言葉「あなたを見守る。」「歓迎」」
彼は自分の生きた証を残したのではなく、一人残される私を思って病に侵された体で、私の誕生花をそして一人になる私にメッセージを残してくれたのだ。
彼がいなくなってからたくさん流した涙とはおそらく違う成分の涙が頬を伝った。
マシロが心配そうに私を見上げる。
「・・・・・ありがとう。これで毎年三人で誕生日を祝えるね・・・・。」
そういえば、マシロが初めてうちに訪れたときちょうど一輪の花が咲いた日だった。
あの花はきっとマシロを歓迎していたんだ。


15.気づくとクロさんが塀の上に乗っていた。
白い家の様子を眺めていた僕の隣に並ぶ。
「ようやくお役御免だ。シロ!今日はお前に別れを告げに来た。」
「クロさん!なんだよ突然!」
「シロ!俺はな・・・元々放浪猫なのさ。ここには長く居過ぎちまった。またよその町にでも旅立つのさ。」
別れのこの感覚は、何度繰り返してもたぶん慣れることはないなと思った。

クロさんが去ってから、数日経った。
マシロとおばあさんは相変わらず仲良くやっているようだ。
最近では、マシロやあの綺麗な紫色の花を見にたくさんの人たちが庭先に訪れるようになっていた。
おばあさんも昔に比べて明るくなった気がする。
庭先に訪れる人と楽しそうに会話をしている様子と楽しそうに話し声が聞こえる。
今日も僕はそんな幸せそうな姿を塀から眺める。

ふと家の前の道を見ると二人の老人とそれぞれ違うデザインの制服を着た2人の女の子が連れ立って歩く姿が見えた。
どうやら、こちらに向かってきているようだ。
なんだか聞き覚えのある名前を呼ぶ声が聞こえる・・・・。
また夢を見ているのだろうか・・・。
身覚えのある二人が目の前に見えた・・・。
記憶にある見慣れたあの優しい笑顔・・・・。
聴き慣れた優しい声が・・・・。




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遅咲きのアネモネ

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1.電車の向かいに座る二人組の女子高生が、彼氏がどうだこうだとまるで乗客全員に聴かせるようなボリュームで話している。
そのBGMが仕事終わりの疲労感を増長させる。
自分にも彼女たちのように恋人との些細な出来事が自分の人生にとって最重要事項だった時があったのは確かだ。
あの頃の自分が遠い昔のように感じる。遠い記憶を思い起こすように。
歴史の教科書の昔の人の様子を描いた絵を見て「あっ!こんな時代もあったんだ。」と思うようなまるで何十年、何百年、何千年前の事に思いをはせるように。
電車の窓に映る自分の顔を見てまるで開けるなという忠告を聞かず玉手箱を開けてしまったが故におじいさんになってしまった
浦島太郎のように窓に映る自分の姿が急に老け込んでしまったように感じる。

思えばここ数年、1年があっという間に過ぎ去っていく。
短大を卒業し、気が付くとあっという間に30歳を超えて今年で33歳の誕生日を迎える。
私の部署の7人いる女性の中で結婚していないのは、私と去年新卒で入った23歳の子、そして私の上司で私より2歳年上の岡本さんだけだ。
毎年嫌というほど届いた友達からの結婚式の招待状も、もう四月だというのに昨年から一枚も届いていない。
私はというと彼氏すら29歳のときに4年付き合った彼と別れてなんの爪痕すら残していない。
「俺じゃ、理香の事を幸せにできる気がしない・・・。」そう言って彼は私の元を去った。
あれが私の結婚におけるラストチャンスだったのだろうか?

2.春は出会いの季節というがそれは本当だろうか?
私が気づいていないだけなのか。春だろうと秋だろうと出会いらしい出会いがない。
数年前まで母との電話でそれこそ耳にタコができるほど聞かされた「結婚」というワードを最近全く聞かない。
これは、母なりの気遣いなのだろうか?
そもそも母の時代には25歳ぐらいであった女性の平均結婚年齢は30年余りで5歳も上がった。
30歳を超えての結婚や初産なんて当たり前の時代だ。
そもそも、女性の年齢による出産のリスクだけが槍玉に挙げられるが、実際は男性も年齢が上がることで精子が劣化することがあまりにも知られていない。
まるで、女性だけが賞味期限があるように言う男にろくな男はいない。

3.あれはたしかちょうど、私が今の会社に入って3年目の頃だった。
私の同期であった友加里が隣の課の3つ上の先輩と付き合い始めた。
社会人というのは学生時代と比べて、出会いが少なく、さらには、ライフスタイル、生活スタイルの違いなどによるすれ違いの問題もある。
それ故、社内という毎日顔を合わせる相手に必然的に魅かれそのまま交際→結婚というのは少なくない。
いわゆるオフィスラブというやつだ。
結婚というゴールまで無事にたどり着けば問題はないのだが、途中もしも別れてしまった場合お互い会社を辞めなければ気まずい思いをすることになる。
まして、社内恋愛はなぜだか周りの人間に驚くほどの速さで広まる。
周りの同僚はもちろん、あいさつ程度しかしたことのない社内の人間にもすぐに知れ渡ってしまう。

友加里のケースは最悪の結末を迎えた例である。
友加里の彼は経理の女の子と浮気をし、それが発覚、修羅場の末に友加里とも経理の子とも別れ、さらにはその噂を聞いた周りの空気に耐えれれず、退職した。
その周りの空気に耐えられなかったのは、不貞をした彼だけでなく、その被害者である友加里、そして経理の女の子もだった。
1か月で3人の社員が一度に退職した。
人事部からしたらオフィスラブほど恐ろしいものはないのかもしれない。

その苦い記憶から社内恋愛は決してしないと思っていた私であったが時間の経過というものは、目の前で起きた他者の不幸より得た教訓や戒めすら薄れさせてしまうのかもしれない。
私は恋をしてしまった。
社内の人間に。それも同じ部署の今年入社したての自分よりも10歳も年下の新入社員に。

4.新入社員の歓迎会。
それがすべての始まりだった。
まさか、自分が一回りも下の男の子、いや異性に好意を持たれ、それに引きずられる形で自分も相手に好意を持つなんて。
彼の慣れないながらの一生懸命なアプローチと年の差なんて気にかけない態度にしばらく恋愛から遠ざかっていた私の心はいともたやすく開かれた。
もちろん、私たちの関係は社内では秘密だ。
バレてしまっては、この幸福な関係に何らかの波風が立つことは容易に想像できた。

そもそものきっかけは、彼の自己紹介で、私と出身地が同じことを知ったのがきっかけとなった。
そこから話を広げていった結果、私が気づいていないだけで彼と私が初対面でないことがわかった。
私が学生時代にアルバイトしていた地元のコンビニにまだ少年だった彼は頻繁に訪れていたという。
彼は、私を一目見た時からもしかしたらと思っていたと言う。
言われてようやく私はぼんやりと思い出し始めた。
そして、「それが僕の初恋でした。」と彼は、私たちが付き合って少ししてからいつも恥ずかしそうにレジに来ていた少年と同じ顔をして打ち明けてくれた。

5.まさか自分が年下のそれも自分よりも10歳も下の異性に魅かれるなんて最初はまったく考えてもいなかった。
あの飲み会の日、彼の言葉と行動で私は恋に落ちた。
ここ数年、まったくと言っていいほど色恋に関わることのなかった私は彼のすべてにときめき、10代のまだ恋が何なのかもわからない少女のように彼の事を考え、思いをはせた。
これから彼とたくさんの愛を交わし、思い出を刻み、そして最終的には友加里の成しえなかった結婚というゴールにたどり着く未来まで考えた。
彼を見れば見るほど、言葉を交わせばかわすほど彼の事をもっと知りたい。
もっと私の事を知ってほしいと思った。
私たちのこれから築く幸せな未来を誰にも邪魔はさせない・・・特に会社の人間には・・・心の中でそう誓った。

6.彼と付き合い始めて3か月が過ぎた。
彼はようやく仕事に慣れてきたようだ。
公私ともに彼を支えられる位置にいる自分の立ち位置に幸せを感じる。
人目を気にして中々社外では会うことができないが、毎日メールと電話のやり取りをしている。
彼とのそんなやり取りは仕事終わりの疲労感を消し去ってくれる。
本当に若い彼の相手が私でいいのかと思い悩むときもあるがそんな私に彼はいつも優しい言葉を投げかけてくれる。
そして、自分が本当に愛されていることを再確認する。
本当は、たくさん会って話したい。一緒に居たい。
でも、この関係が誰かに特に社内の人間にバレれたときの事を考えると恐ろしい。
だからこそ、携帯越しのこの繋がりは私たちにとってかけがえないものだ。

だから、一か月前会社で携帯をなくしたときは本当に不安な気持ちになった。
翌日には見つかったのだけれども、心配性な彼は数日経ってから念のため携帯を変えたほうがいいと言って、その週の週末に二人で隣町の携帯ショップへと付き添ってくれた。
これを機にスマートフォンに変え、彼の進めるコミニュケーションアプリを入れた。
メールより手軽に使えて、彼とのやり取りもより近くに感じられる気がした。

そして、そのまま土日を使って少し離れた観光地へと小旅行をした。
これが私たちの初めてのちゃんとしたデートとなった。
旅行の帰り、彼の車の助手席で二人でたくさん撮った写真を眺めながら楽しい時間が過ぎ去ってしまう悲しさを少しでも薄めるように運転する彼の横顔を覗いた。
運転する彼の横顔はいつもよりも大人っぽく見えた。つい視線を奪われる。
再びスマートフォンに映る写真を見ながら思う。
彼との幸せな時間はまるで夢のようだと。
助手席の安心感と久々にはしゃぎ楽しんだ疲れのせいか、ふと眠気に襲われる。
このまま、眠りについてしまうと彼との幸せな時間がまるですべて夢であったように消えてしまいそうな恐怖に襲われる。
怖くなってまた彼のほうに視線を向けた。
目の前の信号が赤に変わる。
停車と同時にふと彼がこちらを向く。
視線が合う・・・。
「りっちゃん・・・・。どうしたの?」彼が私の名前を呼び、優しく微笑む。
彼と目が合う度・・・彼と言葉を交わす度・・・彼と触れ合う度・・・私は彼の事をどんどん好きになっていく・・・。
この幸せが永遠に続いて欲しい・・。そう願った・・・。

7.ありえない・・・。ありえない・・・。ありえない・・・。
彼に限ってまさか・・・。
あの二人の関係には薄々気づいていた・・・。
ダメなことだとは知っていたけれど彼とあの女のメールのやり取りを見てしまった・・・。
悍ましいあの女とのやり取りを・・・。
メールを見るまではあの女が彼に無理やり付き纏っているのだと思っていた・・・。
彼のすべてを知りたいと思ったあの時の私自身を恨んだ・・・。
知らなければ良かった・・・。
きっと純粋無垢でまだ少年の心を持った彼はきっとあの女に騙されているんだ・・・。
そうよ。そうに違いない。
メールでのまるで純粋無垢な恋する乙女のようなあの女の態度には反吐が出る。
いつも私に向けてくれるあの優しい笑顔は私だけのものなのに・・・。
許せない・・・。
今までの私は年の差に躊躇し、勝手に自分を卑下していた・・・。
あの女でいいのなら私にだっていくらでもチャンスはあるはずだ。
ほかの女ならともかくあの女に取られるのだけは許せない・・・。
私たちの理想の未来を・・・彼との幸せな日々を取り戻さなくては・・・。
私が彼を救ってあげなくちゃ・・・あの女の手から・・・。
幸せは自分が待っているだけでは、平然とその前を通り過ぎてしまう・・・。
自ら引き寄せ、捕まえなくてはいけない・・・。
その為に彼に私の魅力を再確認させ、ほかの女を寄せ付けないようにしなくては・・・。

8.今年の夏は二人でたくさんの思い出を作った。
春から夏、そして秋へと彼と一緒に季節の移り変わりを過ごせることに幸せを感じる。
今日は、彼の誕生日。
二人で駅前のおしゃれなトラットリアで食事をし、二人で良く行くバーへと向かった。
食事中も二人で夏の思い出やこれから秋にはどこに行こうかなどと楽しい話題は尽きなかった。
プレゼントの腕時計を渡すと彼は子供の喜んですぐに付けてくれた。
顔見知りのバーのオーナーが予約する際に、彼の誕生日と聞いてケーキを用意してくれていた。
ほろ酔いでバーを出ると「これから・・・うちに来ませんか?」と彼は酔っているのか酔っていないのかわからない顔で言った。
「えっ・・・いいの・・・?大丈夫・・・?」
彼のアパートは会社から歩いて5分ほどの距離にある。
今までは、会社の人間に見られるかもしれないからと決して訪れることはなかった。
「りっちゃんとのこと会社のみんなにちゃんと話そうと思う。りっちゃんとの関係を隠したくないんだ。今までは、りっちゃんが悪く言われるのが嫌だと思っていたけど、僕が絶対守る。それにりっちゃんとの関係が大事だからこそなんにも隠す必要はないと思うんだ。」自分の初恋の話を打ち明けてくれた時と同じような照れくさい顔をして彼は言った。
「うん。わかった。でも、会社ではちゃんと岡本さんか、律子さんって呼ぶんだよ!」私は泣いているのか笑っているのかわからない顔で彼のその言葉に応じた。
それから二人でたわいもない話をしながら途中、コンビニで飲み物なんかを買って、彼のアパートへと向かった。
彼のアパートに着くと「ごめん。ちょっと部屋片づけてくるからちょっと待ってて。」と一人階段を上り、右の一番角の部屋へと進んで行った。
階段下に残された私は通りの向こうの自動販売機のほうに視線を向けた。
自動販売機の前を黒猫が歩いていく姿が見えた。
私の視線に気づいたのか。顔をこちらに向けた。
その首には、赤い首輪らしきものが付いていた。どうやら近所の飼い猫のようだ。
行く当てのない野良猫ではないことに安堵した。
階段の方から足音がした。
振り返ると彼が階段を下りる姿が見えた。
近づく彼に声を掛けようとするが、街灯に照らされた顔を見て、一瞬躊躇った。
その顔は先ほどまでの幸せそうな顔とは打って変わって青白く恐怖を携えた表情をしていた。
そして、彼は「一緒にさっきのコンビニまで戻ろう。」と震える声で言った。
状況が飲み込めない私は彼に言われるがまま彼の手に引かれ先ほど来た道を引き返す。
彼の部屋と思われる角の部屋に視線を向けるとほのかに中の明かりが付いたままなのか薄く光が漏れているように見えた。
彼の握る手は、いつもより力強く、珍しく手汗をかいていた。

9.今日は彼の誕生日。
私は仕事を早退し、食材とケーキを買い彼のアパートへと向かった。
アパートの場所は以前の飲み会で帰りに同じ方向だと嘘をつき同じ方向に帰る課長と三人でタクシーに乗った際に覚えた。
彼のアパートは、暗証番号式の鍵。
数日前に忍び込んだときに開くかどうかは確認済みである。
以前、あの女の携帯を盗んだ時にメールで話していた番号で間違いなかった。
まずは、部屋を掃除し、飾りつけ、買ってきた花を花瓶に入れ、食卓に飾った。
それから彼の好きなビーフシチュー、シーザーサラダ、ハンバーグ、シーフードグラタンを作った。
全て終わる頃には、時計の針が7時を指していた。
「今日は、残業かしら?」
全ての準備が終わり手持無沙汰になった私はソファーに腰を掛ける。
横の本棚にアルバムを見つけた。
そこには、彼の学生時代の姿が写っていた。
数人で楽しそうな笑顔をカメラに向けている。
やはり彼は昔からかっこいい。
一緒に写っている女の顔はすべて切り取り、細かく切り刻みごみ箱に捨てた。
アルバムの数が多く、帰りの遅い彼を待つ暇つぶしにはちょうど良かった。
「こいつもこいつもこいつも彼の隣にはふさわしくない♪」
「さあ~次はあの女に関するものを片付けなくちゃ♪」
もっとも彼にふさわしくないあの女の思い出を。
そもそもなんで私よりも年上のくせに彼に近づいてくるのか。それも彼女面して。
自分より若い女に取られるならまだ許せる。
同じ職場、同じような年齢。
どう考えても私のほうがあの女に勝っている。
彼の隣は私だけでいい。間違ってもあの女ではない。
あの女から貰ったであろう物、思い出に関するものすべてを片付けているうちに時計の針は11時を回っていた。
さすがにそろそろだろうと料理を温め直し綺麗に盛り付け、ケーキもセットした。
アパートの階段を昇る音がする。
ドアの前で暗証番号を押す電子音が聞こえた。
ドアを開けダイニングに入った彼は驚いた顔していた。
どうやらサプライズは成功のようだ。
彼が私のことを見つめる。
私は彼に笑顔を向ける。
「おかえり~♪誕生日おめでとう~♪」

10.結婚式の準備とは想像していたよりもやることが多くて骨が折れる。
りっちゃんと付き合って2年。
プロポーズ、両家にあいさつのイベントを終え、今は式場決めや招待客のリストを決めているところだ。
お互いの親族、友人、今の会社の同僚はもちろんだが、二人が出会った前の会社の人を招待しようかどうかは悩む。
あの会社の人間に会うと嫌でもあの忌まわしく恐ろしい事件の事を思い出される。
あのストーカー女のことを・・・。

部屋の鍵が開いていて、電気が付いていたのを最初は学生時代の友達が俺の誕生日にサプライズでも仕掛けているのかと思ったが、部屋の扉を開けた瞬間あの女がこちらを見て笑っていた姿には心の底から恐怖を感じた。
見慣れた自分の部屋とはまるで別の部屋のように飾り付けられた部屋。
並んだ料理、食卓の花瓶の鮮やかな色とりどりのアネモネの花・・・。
そして、あの女の笑った顔・・・。
今でも、脳裏に刻まれたその光景が夢に出てきてうなされるときがある。
とっさに下に学生時代の友達を待たせているからと嘘をつき、外に出てりっちゃんと一緒にコンビニまで逃げて、すぐさま警察に通報して事なきを得た。
その後、あの女は捕まり会社には解雇された。僕たちも会社に居づらく、それにあの女に知られている場所に居続けるのが恐怖で退職を考えていた。
そんなとき、課長が気を回して他県の関連会社を紹介してくれ、今では二人でその会社に転職し幸せに暮らせている。
「はい。コーヒー。招待客のリストで悩んでいるの?」りっちゃんが淹れたてのコーヒーを僕に渡しながら訪ねた。
「前の会社の人どうしようかと。」
「課長だけ呼んだら?他県だし、みんな呼ぶのも大変だと思うの。それに数人だけっていうのも何を基準に選ぶのか難しいもの。」りっちゃんがさらりと答えこちらに笑顔を向けた。
「そうだね。」
その笑顔を見て、彼女と結婚できるという幸せを再び噛み締めた。
世の中に何人初恋を成就させた人間がいるのだろうか?
きっとかなり少ないはずだ。
偶然彼女と再会できた僕は本当に幸せ者だ。
彼女との初めての出会いを思い出す。

11.小学生だった僕は、放課後、近所の上級生にコンビニで万引きをして来いと脅された。
僕は、やらないで痛い目を見る恐怖と万引きという犯罪を犯してしまう恐怖の狭間に悩まされ震えあがっていた。
きっと傍から見たらあまりにも怪しい挙動不審な小学生だったに違いない。
そんなとき、僕に救いの手を差し伸べてくれたのが彼女だった。
「どうしたの?」彼女はカードゲームのパックの前で震える僕に優しく話しかけてくれた。
その瞬間、緊張の糸が解けてしまった僕は泣き出した。
そんな僕を彼女は店の奥にあるスペースへ手を取り連れて行ってくれさらには温かいココアを与えてくれた。
その優しさにかつ丼を差し出された取調中の犯人のようにすべてを彼女に話した。
すると、何か考えるような顔をしてから彼女はどこかに電話はかけ始めた。
「これでもう大丈夫だよ。安心してうちに帰りな。」と言って僕の頭を優しく撫でてくれた。
僕は彼女に言われるままにコンビニの裏口から出て家に帰り、次の日学校に行った。
すると、僕に万引きするよう脅した上級生が謝罪してきた。
僕は訳が分からなかった。
そして、僕を助けてくれた大学生のお姉さんに恋した。
それからお小遣いをもらうと真っ先に彼女の働くコンビニに向かった。

付き合ってから彼女にあの時どんな魔法を使ったのか聞くと。
「魔法なんてたいそうなものじゃないわよ。小学生はきっとそのときの私みたいな女子大生や大人なんかに言われるよりも中学生に言われるほうが恐怖心を覚えると思って、中2だった弟を呼んでそのいじめっこに釘を刺してもらったの。だって、その子6年生だって言うから来年中学に入ってすぐ上級生に目を付けられるのはさすがに嫌じゃない。それならちゃんと言うこと聞くかなって。」そう言って泣きじゃくる僕の頭をなでてくれた時と同じ優しい笑顔を僕に向けた。
長年の謎はあっさり解決した。
そして僕は、今度は、彼女を僕が守ってあげなくてはと改めて思った。
そう思うと結婚式の準備なんて屁でもないと思えた。
ずっと彼女には僕の隣で笑っていてほしいと思う。
これからの二人の人生はきっと幸せなものに違いない。

~fin~ 


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震える羊たち

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1.
いつもより、帰りが遅くなってしまった・・・。
思ったよりも時間がかかってしまったな・・・。
雑木林を抜け帰路に着く・・・。

20分ほど歩くと見慣れた道に出た。
僕らがいつも一緒に登下校をした道だ。
たっくんと一緒に歩いた学校帰りの道のりを一人で歩くのはなんだか味気なく感じる。
土手沿いの道はすっかり日が沈んでしまって犬を散歩する人の影すらない。

「たっくんがいなくなってからもう3か月経つのか・・・。」
校門の前でたっくんと記念写真を撮った頃、大きく感じた制服も今ではちょうど良いサイズとなった。
僕の体が今くらいに大きくなることを見越して親が当時の僕には大き過ぎるサイズを選んだのか。
それとも、大きすぎる学生服に合わせるようにまるで大きな鉢植えに植え替えられ、それに合わせて成長した植物のように僕が成長したのかは定かではない。

たっくんといつも別れを交わした住宅街の並ぶ道の曲がり角。
薄暗くなった道を街灯の明かりが照らす。
街灯のその下に視線を向けるとそこには、まだ庇護の対象として守られるべきであろうはずの小さな子犬が薄汚れた段ボール箱に入れられて小さく、そして弱弱しく鳴いていた。
この小さな生き物は、今現在自分の置かれた状況、このまま誰も救いの手を差し伸べなければ自分に訪れるであろう悲惨な結末のことなど知る由もないのだろう。
可哀想と憐れむ気持ちよりも、捨てた人間に対する怒りの気持ちで顔が熱くなるのを感じた。
そういえば、たっくんがまだ生きていた頃、同じような場面に出くわしたことを思い出す。

2.
それは僕らが揃いの黒い制服を着る前、まだ小さな体に不釣り合いな大きなランドセルを背負って学校帰りに彼と先ほどの河川敷沿いの道を帰っていた時だ。
「たっくん!もうすぐ誕生日だね。プレゼントは決まった?」
「変身ベルトと合体ロボットのどっちかかな?難しい選択だ!」
「せんたく?どっちもいいな!僕もたっくんと同じの頼もう!」
二人で、来月に迫ったたっくんの誕生日の話をしながら歩いていると突然、たっくんが河川敷の橋の下へと走り出した。
「たっくん!?」僕も慌てて彼の後に続いた。
そこには小さな箱に無理やり詰め込まれた五匹のまだ目も開かないような子猫たちが入っていた。
僕はその時に可哀想だという気持ちよりもなんだか恐ろしいという気持ちが勝ち思わず後ずさった。
そんな僕の様子を気にも留めず、彼は近くに落ちていた大きめの段ボール箱を拾い上げ、中に自分の体操着を敷き苦しそうに鳴いている猫たちを一匹ずつ段ボール箱へと優しく入れてあげた。
「なんで、こんな風に生きたものをまるで物のように捨てるんだろう。」子猫に触れる優しい手つきとは裏腹に彼は怒っているのか悲しんでいるのかわからない顔をして言った。
僕は、何も出来ずにいる自分と先ほど自分が持った気持ちを恥ずかしく思った。
彼は昔から僕が持ち合わせていない勇気と正義感を持っていた。
いつも僕はそんな彼に後押しされようやく行動できるほどのちっぽけな勇気と正義感しか持ち合わせていない。
いつだって彼がいなければ僕は目の前で起こる悲劇をただ見続けている傍観者である。

大きな段ボール箱を二人で抱え、彼の家へと向かった。
日本で一年間に捨てられる犬猫の数は数十万匹にもなるそうだ。
それだけ平然と生きた動物をごみのように捨てる人間がいる事に怒りを覚える。
子供が捨て猫や捨て犬を拾ってくるというのは、フィクションの世界でも実際の生活でもよくある出来事である。
アパート暮らし、家族が動物嫌い、先住のペットがいるなどの理由がなければわが子可愛さや捨てられた動物に情が移りその家の家族の一員として受け入れられるだろう。
だが、一度に五匹となるとやはり難しい・・・。
もちろん彼の母は、首を縦に振らず、僕たちも必死で頼み込み、一週間の猶予の間に飼い主を見つけなければ保健所に連れていくと条件を出された。
泣く泣く僕たちはその条件を飲み、次の日から学校や近所で飼い主になってくれる人を捜した。
それだけでなく、猫たちの写真をつけたビラを作りお店や家々を巡った。
結果として、4匹は無事に貰い手が決まったが、最後に残った5匹の中で一番小さな黒猫だけがなかなか貰い手が決まらずに約束の日を迎えた。
結末から話すとその小さな黒猫は彼の家族の一員となった。
彼は、来月に迫った自分の誕生日プレゼントと今年のクリスマスプレゼントを犠牲にして黒猫に居場所を作ってあげたのだ。
チビと名付けられたその黒猫は僕らがお揃いの黒い制服に袖を通す頃には名前とはかけ離れた太々しさすら感じるデブ猫へと成長していた。
だが、彼がこの世から消えてしまってからチビは少し痩せてしまった気がする。
彼の死後、定期的に彼の家を訪れる僕を見てチビはまるで僕を責め立て蔑むような眼で見つめる。
まるで彼の死がすべて僕の責任であるように・・・。

3.
鮮やかな色で温厚そうな美しいだけの熱帯魚の世界にもいじめはあるそうだ。
本能的に弱い個体を攻撃するのは動物の本能であるのかもしれない。
だからと言って理性を持った動物である人間が本能だから仕方ないと弱いものをいじめ、攻撃し、時には殺してしまうことを肯定していいわけがない。

僕らの中学は、近隣の三つの小学校の卒業生からなる。
中学というのは、自我が構成されつつある幼い頃から一緒である小学校や同じ学力や比較的近い能力の人間が集まり、ある程度自分という人間が構成され始める高校に比べると人格の形成が不安定で人間関係が複雑化し、所属する人間も最も多様化している。

僕と彼は小学校までずっと同じクラスだったが、中学に入りはじめて違うクラスとなった。
入学式が終わってまもなく、僕らと同じ小学校に通っていた運動も勉強も苦手でおっとりした太田君が隣の小学校のガキ大将的な4人組グループにいじめの標的とされた。
最初は、軽い冷やかしや小突いたりする程度だったが抵抗しない太田君の態度を見て、連中の行為は徐々にエスカレートしていった。
入学式から半年が経とうとする頃には、教科書に落書きをする。私物を隠す。しまいには、痣が残るほどの暴力や金銭を要求し始めていた。
いじめなんて簡単な言葉で表されるがやってることはどれも犯罪行為だ。
それでも、もし彼らの行為が学校中や世間にばれたとしても良くて停学程度の罰しか与えられない。
そんな罰で彼らが更生するなどと本気で思っているバカは一人もいないはずだ。

連中は教師たちやほかのクラスのやつにはバレないよう隠喩する程度の狡猾さを持ち合わせていてクラスメイトである僕らしか太田君の置かれた悲惨な学校生活の内情を知る者はいなかった。
連中は「少しでも太田君の味方をしたり、教師やほかのクラスのやつに喋ったら同じ目に遭わす。」と僕たちに警告した。
そして、僕たちは誰一人太田君を助けず、ただ目の前で行われている惨劇を見る観客のようにその様を傍観した。
自分たちが安全に穏やかに暮らすための生贄として太田君を連中に差し出しておいて自分たちも同じく、連中の暴挙に脅かされる被害者のような顔をした。
まるで狼に睨まれ震えるだけの羊のように僕たちは沈黙を貫いた。

4.
自体が大きく変わったのは、僕たちが二年生に上がりクラス替えが行われてたことによってだ。
きっと、太田君は、連中と同じクラスにならないよう必死に願ったのであろうがその願いは残念ながら叶うことはなかった。
残念ながら例の4人と一緒のクラスではあったが1年の頃と違ったのは、たっくんが同じクラスになったということだ。
僕はまたしてもたっくんと違うクラスとなってしまった。
たっくんは当然のように太田君を庇った。
いじめっ子連中の反発はもちろん。
被害者面した傍観者たち・・・あの沈黙を示すのみであった震える羊たちの反感も買った。
太田君はそんな状況に耐えきれず、それからすぐに不登校となった。
そこからは、まるで魔女狩りにあった被害者、クーデターに失敗した反逆者のようにたっくんはクラス中の人間から被弾され太田君がされた以上に酷いいじめを受けた。
それでも、たっくんは自分の正義を貫き耐えた。
僕に迷惑が掛かってはいけないと思ってか、学校では僕の事すら避けるようになった。
いつもと変わらぬ笑顔で「俺なら大丈夫だ。」と彼は言った。
馬鹿な僕はそれを信じ、鵜呑みにした。いや。本当はこのままじゃいけない。大丈夫なわけがない。とわかっていたのに自分の身を守るために彼を見捨てたのだ。僕も1匹の臆病な羊に過ぎなかった。

どんなに強い英雄であろうとヒーローであろうと限界はある。
その年の10月、たっくんは自ら命を絶った。
信じられなかった。
(いや。本当はこの結末を予期していた・・・。)
あんなに強い。僕のヒーロー。僕の憧れた人・・・。
(いや。彼はヒーローではなく僕と同じただの中学生だ。)
教師を含め誰もいじめについて触れず、ありきたりな理由でたっくんの死を隠喩した。
許せない・・・。主犯のあの4人・・・。差し伸べた手を引き寄せ自分だけ逃げた太田君・・・。ただただ傍観していた被害者面の奴ら・・・。
気づいてたくせに何もしなかった教師・・・。そして・・・何より彼を一人にした僕自身を・・・許せない。

たっくんの死でようやく僕は持ち合わせた微少の勇気を振る決意をした。
遅すぎる決断・・・。これで、たっくんが報われることも喜んでくれることも恐らくないだろう。
自己満足と言われればそれまで・・・。
それでも・・・何かせずにはいれなかった・・・。
忌々しい下劣な狼狩りは終わらせた・・・。
次はあの震えるだけの羊達・・・。



5.
子供たちを襲った悲劇 給食に農薬混入。
○○県△△市の公立中学校で、生徒らが17日昼に給食を食べた後、相次ぎ不調を訴えた。
給食の味噌汁に農薬が混入され、35人が頭痛や吐き気を訴えた。
同校では、3日前から4人の生徒が行方不明で現在警察が同事件との関係性も含めて調査中である。

交番に向かう途中、例の街灯が照らす曲がり角を通る。
先日、僕が救えなかったあの犬の姿はなかった。
誰かに・・・できればたっくんのような人間に拾われることを願う。
少し気持ちが軽くなった気がする・・・交番へと僕は歩を進める・・・。
僕のヒーローへの僕なりの弔いは終えた・・・。
後悔はない・・・。
彼は僕にとって憧れのヒーローだった。


6.
いつからだろう・・・。
外に出るのが怖くなったのは・・・。
両親ともうまく話せなくなったのは・・・。
僕は中学に入ってすぐいじめの標的となった。
いったい彼らに僕が何をしたというのだろう?
辛く惨めだった。毎日が地獄だった。
それでも、家族に心配をかけたくないと思い学校に通い続けた。
僕はあの4人が恐ろしかった・・・。
だが、それより恐ろしかったのは、まるで僕の事が見えていないように、そこに存在していないかのように振舞うクラスメイトの態度だった。
二年生になり、クラス替えでようやく解放されると思ったがそうはならなかった。
また辛い毎日が始まることを思うと死にたくなった・・・。
だが、そんな僕の前に救世主が現れた。
2年になって同じクラスになった神崎匠君。
彼は初めて僕の味方になってくれた人物であった。
僕は救われた。ようやくこの毎日が終わると思った。
だが、彼の勇気ある行動は事態を悪化させただけだった。
僕への攻撃はもちろん、彼への攻撃が始まった。
自分に対するものなら何とか我慢することはできた。
でも、僕のせいで誰かが傷つくのを見るのは耐えられなかった。
僕は手を差し伸べてくれた彼を置き去りにして逃げた・・・。
それから一度も学校には行っていない。
それどころか自分の部屋からすらほとんど出ることがない。
僕の部屋の窓から見える景色の範囲だけが僕の接する外の世界だ。
僕に手を差し伸べてくれた彼がどうしてるのかだけが気になった・・・。

7.
家の向かいにある電灯の下に何か見慣れないものが見える。
段ボールのようだ。粗大ゴミだろうか・・・。

日が沈んできたのを確認し、カーテンの隙間から窓の外を覗く。
電灯の下に学生服を着た僕と同い年ぐらいの男がいた。
段ボールの中身を見つめている。
その時、ふと思った。もしかしたら段ボールの中身は捨て犬か捨て猫なんだろうかと・・・。
学生服の彼が拾ってくれることを期待したがそうはならなかった。

夜中に雨の音で目が覚めた。
家の前で寒さに震える段ボールの中にいるであろう小さな動物の事が頭をよぎった。
雨脚はどんどん強くなる。
ふと僕に手を差し伸べてくれた彼の顔を思い出す。
彼ならきっと雨に濡れ、寒しに震える動物にも手を差し伸べるのだろうと思った。
震える手で必死にドアノブを握った。
家族に気づかれないよう足音を忍ばせて階段を下りる。
脱衣所からバスタオルを取り、一呼吸置き何百日振りに玄関のドアを開けた。
久しぶりのひんやりとした外気に身震いする。
辺りに人がいないことを確認し、電灯の下へと急ぐ。
そこには、不思議そうにこちらを見上げる白い子犬の姿があった。
恐る恐る抱き上げ、バスタオルで包み開けたままの玄関へと戻る。
彼はいまどうしているのだろう?いつかもう一度会えるならあの時言えなかった謝罪と感謝を述べたい。
彼は僕にとってのヒーローだ。

8.
風が随分と冷たくなってきた。遠くに見える雑木林の木々が不気味に揺れる。
昔から高いところから見る景色が好きだった。
立ち入り禁止の屋上の鍵が壊れて屋上へと入れることに気づいてから一人になれるこの場所によく訪れるようになった。
ヒーローというのは楽じゃない。
自分が傷つき、被害を被ることが分かっていても正義のために戦わなければなれない。
昔から自分が情景の念を抱いてきたヒーローたちに比べて自分の無力さ、非力さに心が折れそうになる。
それでも、一度やると決めたことは貫き通す。
俺は、目の前で救いを求める相手を見捨てることはできない。
その相手が、自分の手に届く範囲にいるのなら手を差し伸べたい。
誰もいないはずのこの場所で微かな気配と小さななにか鳴き声のような音がした。
耳を澄ます。良く聴き慣れた動物の鳴き声が聴こえる。
「オマエ。そんなところで、何してんだ。今助けてやるからな!」
こちらを見て、拾われてきたときのチビのような小さな黒猫がまた小さく鳴いた。
フェンスを乗り越える。
また、遠くの雑木林が不気味に揺れた。


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ある画家の一生。

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死の影が忍び寄ると誰もが自分の人生を振り返り、そして人生の一つ一つの場面、一つ一つの選択に悔恨し、思いを巡らせる。
「どうしてこうなってしまったのか。」「あの時、ああしていれば良かった。」などと今更どうすることもできない問題に頭を抱え目の目の現実から目を背けようとしてしまう。
私も燃え盛る炎に包まれ、意識が朦朧とする中、私という人間の人生について嫌でも振り返らされる。

私の名前はジャン・ピエール・ロッソ。画家だ。
これは、炎に包まれ跡形もなく消え、誰にも知られることのないであろう私の人生の回顧録である。
私の生まれた家庭は決して恵まれたものではなかった。
そうは言っても、どういった家庭が恵まれた家庭でどのような家庭が恵まれない家庭なのかなど死の淵に立たされた今の今まで自分の家庭を持とうとしなかった私にわかるわけがないのだが・・・。
それでも、幼い私の記憶にあるのは誰かを羨み自分の境遇を恨む思い出ばかりであった。
私は決して裕福ではない家庭で4人兄弟の長男として生まれた。
両親は、二人で小さな画廊を開いていた。
父は、売れない画家であったが、私が生まれたのをきっかけに知人の画廊で働き始め私が物心つく頃には町の外れにあった売り家を買い小さな画廊を持った。
その頃には、自分で絵を描くことはなくなっていた。

私は生まれながらに体が小さく病弱で、吃音症を患っていたため、店の二階の部屋で一日の大半を小さな兄弟たちと過ごした。
それも、束の間で私の小さな兄弟たちは私を追い越すようにどんどん大きくなり、私をおいて皆外に遊びに行くようになった。
まるで私だけ時間が停止して取り残される気持ちに苛まれた。
私も外で皆と同じように自由に走り回ったり、この窓から見える景色以外のものを見たいと自分の生まれ持った体を恨み、顔や態度には現わさないがそれを当たり前のようにしている兄弟たちをひどく羨んだ。
私は一日の大半を一人取り残された日当たりの悪い部屋で過ごした。まるで生まれながらの囚人のように。
部屋には、大量の画集があり、飽きもせず毎日、日が暮れるまで部屋で読み耽った。
別段、興味があったわけではない。ほかにすることがなかったのだ。

12歳の誕生日に絵を描く道具が欲しいとねだった。
父はあまりいい顔をしなかったが、なんの要求もしてこなかった私の初めての願いを聞き入れてくれた。
父が昔使っていたと思われる古びた一式の道具を私は手に入れた。
それから毎日画集を眺め、それを真似て描く日々を相変わらず日当たりの悪いあの部屋で一人孤独に続けた。

それから3年が経ち、私だけ時が止まったようであった病弱で小さな体も同年代の子たちと変わらない大きさと丈夫さになった。
だが、それ以上に成長したのは絵の腕前だった。
毎日、見続けた画集の絵画たちが画集から抜け出し、キャンパスに飛び移ったように忠実な絵を描けるほど私の絵は上達していた。
その腕前は、以前画家を目指して挫折し、今は目利きをしている父が認めるほどであった。

それから父は私に自分の持っている絵に関するすべての知識、技術を教えてくれた。
そしてその頃から父に渡された絵と同じものを描いて練習するよう言われた。
私は、父に褒められたことに舞い上がり、素直に父の教えに従った。
あとから知ったが、私が嬉々として描いていたその絵たちはすべて贋作として父が裏で売りさばいていた。
少し前から父の画廊は経営が困窮し、借金を抱えていた。
そのようなこととは露知らずあの頃の私はただ毎日絵が描けることを無邪気に喜んで、それを叶えてくれる父に感謝していた。

それから、3年が経った。私は相変わらず日当たりの悪いあの部屋で父に指示された課題を描き続ける日々を送っていた。
少し変わったことといえば、外にはどんな世界が広がっているのか知りたいという欲求が私の中で生まれたくらいだ。
私の毎日見ている画集に載っている風景画の山の緑とは実際はどんな色なのか、海の匂いとはどんなものなのか、この木々を揺らす風はどんなものなのか、日もろくに当たらないこの部屋ではそれを知ることはできない。
もしも、それを知ることで、今のような絵が描けなくなっても構わないとさえ思った。

それと同時にその頃になると自分が描いた絵がどんなもので、どうなるのかすでに知っていたが、もし私が描き続けることを辞めれば兄弟たちが学校に行けなくなるどころか、家族全員が路頭に迷うことになるのは明らかだった。
私が父の依頼した絵を描き始めてから私たち家族の生活は質素なものから少しずつ変貌してきた気がする。
変わらないのは、あの湿ったかび臭い部屋で絵を描き続ける私だけだった。
また、私がひどく弱い小さな生き物だった時と同じような自分だけが時の経過に取り残されたような想いが蘇る。
今思えば、あの時から少しずつ私の家庭はしまいには全てを壊滅させる大きな病に少しずつ蝕まれ始めていたのかもしれない。

私の絵を売って得た金を資本に父が故郷の友人と事業を始めるためにある日、一家で別の地へ移り住むことになった。
そのとき、初めて私はあの狭い湿った部屋以外の広い世界を見た。
はじめて蒸気機関車に乗った。
窓から見える景色は私が今まで見てきたどの画集の絵より美しく色鮮やかであった。
私たち家族が移り住んだ家は、私が生まれた下水の臭いが立ち込める街と違い、美しい山々と湖に囲まれた中に立つ一軒の古い屋敷だった。

その美しい土地と相反するようにこの地に移り住んでから私たち家族の関係はどんどん冷たく冷え切り、心は醜くなっていった。
人は分不相応の大金を手にすると今までの人格や大切にしてきたものを簡単に捨て去ってしまうのかもしれない。
少なくとも私の家族はそうだった。今まで自分たち同じような暮らしをしていた人間を蔑み、位の高い人気には媚び諂った。
父の事業は順調な様子で、実業家の家族らしい生活に私たちの家族は染まっていった。もちろん、私を除いて。

父は、今の生活に馴染まず、あの街にいた頃と変わらぬ様子の私を見ると昔の惨めだった自分を思い出すのか必要に私を避け、家族もそれに合わせるかのように私をまるで存在しないもののように扱った。
それでも、来客した客人をもてなすために絵を描かせられたり必要なときのみは私の存在が突然そこに現れたもののように利用した。

家に居場所のない私は、美しい自然に身を寄せるように屋敷の近くの山や湖で朝から日が沈むまでその情景を描き過ごした。
その頃の私はあの湿った部屋にいるときのように描きたくもないものを描かされるのではなく、自分の描きたいものを描けることに喜びを感じていた。
彼に出会ったのも夏のある日いつものように湖で一人キャンパスに向かっているときだった。
モーリスは、パリ市内に画廊を持つ老紳士だった。
ちょうど、休暇でこの南フランスの長閑な土地に訪れていた。
モーリスは、私の絵を見て、いくつかの質問をしてきた。
いつから絵を描き始めたのか。誰から習ったのか。ほかにも描いたものはあるか。など
普段、家族ともまともに話すことのない私は聞こえるのか聞こえないのかわからない声で吃りながら視線を合わせずそれに答えた。

モーリスの勢いに気圧され、その日の夜に私の家に彼が作品を見に来る約束を取り付けられた。
彼に私の住む屋敷の住所を教えた。果たして、あの意地っ張りな家族は見知らぬ来客にどう応えるのだろう。
私の心配は杞憂に終わった。彼は、湖で会った時とは別人のようなまさしく上流階級の人間である気品溢れる姿で私たち家族の前現れた。
私の卑しい家族たちは自分よりも位の高い人間と思うや彼を必要以上にもてなした。
彼はそんな振る舞いを見透かし、慣れた様子で何気なく気品を持った態度で応えていた。

この出会いが私の人生にとってもっとも大きな転機と言えるだろう。
彼は、私の絵を気に入り、ぜひ自分の画廊に置きたいと言った。
そして、休暇を終え、パリに戻る際、一緒に私にも付いてきて欲しいと言われた。
もちろん、私は彼の要求に応えた。
自分の描きたいものを描き生活できると心が躍った。

しかし、パリでの暮らしは私の思い描いたものとは違った。
モーリスや評論家たちが求める絵もまた私の家族が私を利用したときと同じものだった。
私は自然の美しさを描きたいが、彼らはそれを評価せず、人物画や私の描きたくないものばかりを要求した。
私は再び描きたくないものを描かされる日々が訪れた。
あの頃と違うのは、そこがかび臭い日の光もまともに入らない狭い部屋ではなく、美しい絵や花に囲まれた明るく広すぎるほどのアトリエになっただけだった。
皮肉にも私の望まない私の作品は、高く評価された。贋作すらできるほどに。
モーリスは私の成功を心から喜んでくれた。ただそれが嬉しかった。
モーリスは、私にとって唯一の友であり、良き理解者だ。
彼からはたくさんの事を教わり、私にたくさんの経験をさせてくれた。
本当の家族よりもたくさんの思い出を作った。
私は自分に誓った。彼が生きている間は彼や評論家たちが求めるものを描き続けると。
私は、きっと、昔、私の絵を見て純粋に喜んでくれた父の顔と彼を重ね合わせていたのかもしれない。

私がパリを訪れてから7年の月日が流れた。
私は30歳になっていた。
私は画家としてある程度の地位を得てここ数年はモーリスの言葉もあり、自分の描きたかったものばかり描きモーリスと穏やかに暮らしていた。
そんな穏やかな暮らしも長くは続かなかった。
出会った頃から分かっていたがその年の冬モーリスとの別れが訪れた。
彼は私と出会った頃から心臓に病を抱えていた。
何度か発作を起こし倒れ、私が病院へと連れて行ったことも急いで医師を呼びに行ったことも少なくなかった。
彼は、3人の息子がいると言っていたが、彼が倒れたことを告げても彼らからは何の音沙汰もなかった。

ある一段と寒い日、昼近くに起きてた私はモーリスが起きた様子も出かけた様子もないことに気づいた。
いつも朝日が出るとともに起き上がるモーリスがいつまで経っても寝室から出てくることがないことに不安を感じ彼の寝室へと急いだ。
彼は、静かに自分のベッドで永遠の眠りについていた。
窓から指す光が彼の冷たくなった体を厳かに照らしていた。
彼が亡くなった知らせを聞いて、ようやく三人の息子たちは私の前に現れた。
ただ、誰一人モーリスの死を悲しむことも、死に目に会えなかったに後悔する様子もない。
それぞれが、自分の取り分を主張するように彼の残したコレクションや財産を取り合っていた。
私はその醜い光景が耐えられず、葬儀が終わると自分の少ない荷物を持ち、パリに来てから住み続けた彼の家を後にした。

モーリスの家を出たものの、特に行く当てがない私は一度も帰ることのなかったあの古びた屋敷に戻ることにした。
あの家族に会いたいというよりは、私に絵描くこと楽しさを教えてくれモーリスと出会った場所であるあの自然溢れる景色をもう一度見たいと思ったからだ。

100キロ以上の道のりを馬車でゆっくりと旅した。
道中で、美しい風景を見つけては心を癒され、心に突き動かされるままにスケッチブックに模写した。
徐々に見慣れた景色が近づいてくる。
数年振りにあの屋敷へと続く道を進む。
私は、一歩進むごとに懐古さを感じるとともに、家族の誰かに出くわすかもしれない恐怖と緊張を抱いていた。
そんな私の前に現れたのは、人の住む気配がまるで感じられないまるで廃墟と化したあの屋敷であった。

ショックを隠し切れない私は、村の人々にあの屋敷に住む家族に何が起こったのかを聞いて回った。
あの家が廃墟と化したのは私が出て行ってすぐ父と母が不運な事故で亡くなり、兄弟たちが遺産を巡り血で血を洗う醜い争いを行い、いがみ合いながらそれぞれの取り分を。つまり、分不相応の大金を手に入れた。
しかし、父の跡を継いだ弟は事業に失敗し一家心中、ほかの兄弟たちもギャンブルや金銭トラブルでそれぞれの一家は離散し行方不明となったそうだ。
そして、所有者を失い、買い手のつかないこの家は廃墟と化した。
私がモーリスに付いて行かなかれば何か変わったっていたかもしれないと思う一方で、きっと何も出来ず今となっては廃墟となってしまったこの屋敷で亡霊のように部屋に篭り絵を描き続けている自分が容易に想像できた。

私は、残りの人生をこの呪われた廃墟で過ごすことに決めた。
屋敷を買い取り住めるようにするため、一度パリに戻り、半年間、自分では何の価値も見いだせない絵を描き続けそれを売り十分すぎる資金を得た。
その資金で廃墟となってしまった家を買い取り、中を改装し大きなアトリエを作った。
それから毎日山や湖に向かい好きな絵や時折、生活のために金になる絵を描いて過ごした。
生活能力のない私は、カロンという少年を雇い、家事や雑用を任せた。
彼は私のことを先生と呼んだ。
カロンは、母親を病気で亡くし、それ以来毎日働きもせず酒を飲んでばかりいる父親とまだ幼い妹と三人で暮らしている。
私の家で働く前は、隣町で靴磨きをしたり、村の農作業を手伝っていたそうだ。
村の人に彼が一人で家計を支えている話を聞き、昔の自分を思い出し雇った。
真面目で物覚えが早く私の家で働き始めて1年になるが今では欠かせない存在となっていた。
ただ一つ気になるのは、彼が時折顔や体に痣を作っているところだった。
その原因は簡単に予想できた。きっと、父親の暴力だろう。
特にここ数日は、年齢にそぐわない思い詰めた顔をしている。
何度か、それとなくカロンに尋ねたが、はぐらかした答えしか返ってこない。
私に何とかすることはできないだろうか?
極力、人との関わりあいを避けてきた私らしくないと心の中で思った。

次の日、私はカロンに黙って彼の父親に会って話をしようと思い街の酒場に向かった。
カロンの父親は私のイメージしたものとは、まったく違う容姿であった。
薄くハゲ上がった頭に気弱そうな顔をした酷く人生に疲れ切った風体のまるで覇気のない男だった。
私が、カロンの雇い主であると話すと、こちらが不憫に思うほど恐縮しきった態度を見せた。
本当にこの父親が子供たちに日常的に暴力を振るう男なのか、人との接し方をほとんど心得ていない私には判断がつかなかった。
ただひたすら謝るばかりの情けない男に私は一方的に捲し立てその場を立ち去った。

次の日、いつもの時間になってもカロンは現れなかった。
私は少し不安になったが、作品の完成間近であったこともあり、そこまで気に留めなかった。
それから、数時間一人暖かな日差しが差し込むアトリエでキャンパスに向かった。
後ろに人の気配を感じたと同時に背中に抉るような痛みが走った。
その痛みに思わず、獣のような声を上げ、私はそのままキャンパスと一緒に倒れ込んだ。
必死に後ろを振り向く。
そこには・・・。

母が病気で死んでから、心の弱い父は酒に溺れた。
そのせいで、仕事を失い僕たちはその日食べるものにも困った。
それだけなら、僕が必死に働けばそれで済んだ。
だが、父は、決して自分より上の人間には立ち向かわず、抵抗できない弱いものにはありったけの嗜虐心を向けるクズへとなり下がっていた。
僕は、妹を守ることに必死だった。
酔った父が暴れ、狂ったように暴力を振るうのを亀のような姿で妹の体に覆いかぶさり耐えた。
僕はどんなに傷だらけになってもいい妹さえ守ることができれば、だが、僕の精神は限界に近づいていた。
いつからか、誰かが僕たち兄弟を救い出してくれることや父親が昔のような優しい父親に戻ることを期待している僕はどこかに消えてしまった。
その代わりにいつかこの男を殺してやろうという気持ちばかりが募っていた。
家に帰る道のりは不安ばかりが募る。僕がいない間に妹があの男に暴力を振るわれていないかいつも妹が無事であることを祈りながら急いで帰路に着く。
祈りながら家のドアを開ける。現実は残酷だ。妹に覆いかぶさり殴りつけようとするあの男の姿が見えた。
ついに妹にまで手を出そうというのか。
気が付くと妹に嗜虐的な笑顔を向けその牙を向けようとするその男の懐に飛び込み突き飛ばし、そのまま妹の手を引き家を飛び出した。
後ろから「お前があの画家にべらべら喋ったからだ!お前のせいだ!お前のせいだ!」という意味不明な喚き声が聞こえる。

「私は余計なことをしてしまったのかな?」
「・・・・先生は悪くないです。でも、僕は妹を守らなくてはいけないんです・・・。そのためには、何でもしなくてはいけない・・・。」
「たとえ人殺しだろうと・・・。強盗だろうと・・・かな?」
「・・・はい。申し訳ありません。」
やはり私は人と深く関わってはいけないのだと思った。
私と一緒に倒れたキャンパスを引き寄せ、転がっていたペンで先ほど描き終えたばかりの私のおそらく最後の作品にサインをした。
彼はそれを不思議そうな顔で見ている。
「これを持って行きなさい。それとそこの金庫にしばらく二人で暮らせるだけの金が入っている。一緒に持って行きなさい。」
彼はただ驚いた顔をしていた。
「早くしなさい。それと私にタバコとマッチを取ってくれるかな。」
彼はすぐにタバコを私に渡した。
それから近くにあった袋に金庫から金を入れ、布で私の先ほどサインしたばかりの絵を被った。
「今すぐ、その金を持ち蒸気機関車に乗りなさい。そして二度とこの地には戻るな。」
「・・・先生。」彼は涙を滲ませていた。
「早くしなさい!」背中の痛みに耐え叫ぶ。彼は走り出した。
彼が屋敷を出たことを確認し、這いながら油絵が並ぶ部屋の隅に向かって擦ったマッチを投げる。
次々に絵が燃え始める。
そしてその炎は部屋全体に広がっていく。

彼らはこれから幸せに暮らしていけるだろうか?
画家が死ぬと絵の価値は格段に上がる。
本当であれば、彼に渡した絵は相当な価値が付くだろう。
だが、急に分不相応な大金を手に入れて、幸せになった人間を私は見たことがない。
彼らにはそうならないで欲しい。
そのために、私は自らあの作品に贋作のサインをつけた。
嫌がらせでそうしたわけではない。金銭以外の何かしらを旅立つ彼らに渡したかったのだ。
あの二人が、幸せになることを心から祈っている。
そして、できれば私という人間を覚えていてほしい。


私の名前はジャン・ピエール・ロッソ。画家だ。



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