日々の名残り~The Remains of the Days~

ミニマリストについての考察


昨年、ニュースやテレビ、新聞でよく耳にした「ミニマリスト」という言葉。
昨年の流行語大賞にノミネートされるほど話題になりましたが、今年はまったく聞きませんね。
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そもそも、ミニマリストとは、最低限度の要求を掲げる社会主義のことを指すそうです。

私がメディアで見たミニマリストは、洋服なら同じシャツ、パンツ、ジャケットのセットを3セットしか持たない。
家の中に、テーブル一つだけしか置かない。
そして、その他の物は、必要ないから捨てたと言う自称ミニマリストたちでした。

物が溢れた時代に、あえて必要最低限のものしか置かない。
それがまるで素晴らしいことであるかのように、メディアは取り上げていましたが、私は違和感しか覚えませんでした。
しかし、世の中には、そんなメディアの情報操作に踊らされ、ミニマリストの仲間入りをした人も少なくないのが事実です。
そして、自分たちの生き方こそ正しいと主張し、ミニマリストでない人を意識の低い人間と蔑み、仲間を増やし、メディアもそれに同調していました。
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消費をしないミニマリストが世間に浸透したら、経済に悪影響を与えることは間違いないはずであるのに、なぜメディアはミニマリストをまるで素晴らしいもののように、取り上げたのでしょうか?

これは、私なりの解釈になりますが、不景気で、物が売れない時代である現代社会において、どんなに素晴らしい新商品があっても、今現在使っているものが壊れてしまわない限り、無駄な消費と考え、新しいものを買いません。
そして、多くの家庭では、一通りの家財、家電を買ってしまえば、そこから消費は少なくなります。
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ならば、物が溢れた状態をリセットしてしまえばいい。
そうすれば、便利なものに慣れてしまった現代人は、物がない不便さに耐えられず、新たに買い直すだろう。
そのために、利用されたのが、「物を持たない暮らしが素晴らしい」と唄うミニマリストという生き方です。
おそらく、メディアに踊らされ、ミニマリストになった方の多くは、もう既に、物のない不便さに耐え切れず、捨てた物と同量、または、それより多い消費を重ねていることでしょう。
そして、「なくなって初めて、◯◯◯の便利さに気づいたよ。」なんて言いながら自分がまんまと踊らされたことに気づいてか、気づかずか、笑っていることでしょう。

ちなみに、画像の部屋は引っ越し途中の私の部屋です。


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このとき、作者は何を考えていたのでしょう?/登場人物の気持ちを答えなさい。

学生時代を振り返ると今勉強しているこれっていつ使うんだろう?
来役立つことなんてあるのだろうか?
という疑問
は誰しもが抱いたことがるのではないでしょうか。
例えば確実に日常会話で使うことのない意味不明な英語の例文。「これはペンですか?」「いいえ。これはトムです。」
日常生活で何を求めるときに使ったらいいのかわからない公式
苦手科目については特にこんな思いを抱いたことでしょう。
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その中でも、特に槍玉に上げられるのが現国系の「この時の作者の気持ちを答えなさい。」「この時の登場人物の気持ちを答えなさい。」のような問題ではないでしょうか?
「自分・・・エスパーじゃないで・・・。」や「本当にこの問題を作った人はこの時の作者の気持ちを理解してるのか?」という感想を持つ方は少なくないと思います。
しかもテストで意外と配点が高いなんてこともあるこの問題に対して世の中は避難轟々です。
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ただ、私個人としては、この問題を答える力ってじつは人間社会を生きていく中で必要不可欠な能力だと思います。
そもそも、この問題は本当にその時の作者の気持ちを考え答えるのではなく、「この作品を読んであなたはどう思いました?」というのを問っているんですよね。
じゃあ、自分が思ったことを答えたらなんでも正解になるんじゃないかと思うところですが、この問題のやっかいなところはある程度の範囲で決められた答えがあるということです。
その答えとは、おそらく多くの人間がこの作品を読んで抱くであろう感想です。
つまり、この問題は「世間一般の多くの人は、この作品を読んでどんな感想を持つか」を答えてくださいという問題なんです。
作者の本当の気持ちやなんて知りません。まして、あなたの読んだ感想なんて興味ありません。そんなのは、チラシの裏や勝手にツイッターにでも呟いてください。そんなことより、一般的な人はこの作品を読んでどう思うか考えてくださいよ。というようなまるで圧迫面接のような問題なんです。
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この問題を解くのに必要なのは、心理学や哲学、認識論における概念である「統覚」や「共通感覚論(きょうつうかんかくろん」と言われるものです。
例えば、道端に落ちたアイスクリームがあり、その目の前で女の子が泣いています。
この状況を想像すると多くの人は「この子は買ったばかりのアイスクリームを落としてしまい泣いているんだ。」と思います。
決して、「じつは昨日お父さんがリストラされて明日から一家離散になり泣いている」なんて答える方は多くはないですよね。
ただ、本当にこの子のお父さんが会社の金を横領して解雇され、一家離散して明日からどうしていいのかわからず、泣いているのかもしれません。
ただ、今求められている答えはそんな状況証拠のない、そして、一般論からかけ離れた答えではないのです。
つまり世の中の多数派、一般的な価値観を問われているということです。

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自分の価値観を持つことは大事です。
でも、それだけを持ち合わせて現代社会を生きるのは困難です。
人は、自分の感性と違うものや異質なものを嫌います。
特に、「空気を読む」というよくわからない習慣がある日本においては特にそのきらいがある気がします。
別に心の底から一般と同じ多数派の意見を取り入れる必要はありませんが、人間関係を円滑にするために当たり障りのない周りに合わせた答えや感覚を持ち合わせておいて損はないと思います。
世の中基本ダブルスタンダードで生きないと生き辛いです。
無題
この発言を今発したら相手がどう思うだろう?
こんなことをされたら相手はどう思うだろう?
今この人はどんなことを思っているのだろう?
自分が同じ状況ならこう思うが、相手も同じに思うとは限らない。

どれも正解なんてのは当人にしかわからないですが、相手の考えや立場に考えを置くというの生きていく中で役立つことだと思います。
そう思うとなんとなく意味のある問題なのだなと思う反面、こんな問題をやっているからいじめや独特な感性を持つ人間が避難される世の中になってしまうのかなと思ったりもします。
みんな違って、みんないいとはなかなかいかないものでしょうか?


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語彙に関しては、真っ先に浮かんだ言葉を使うという鉄則を忘れてはならない。


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「語彙に関しては、真っ先に浮かんだ言葉を使うという鉄則を忘れてはならない。」
この言葉は、自身の小説が数多くハリウッドで映画化されているスティーブン・キングの名言です。
代表作として、「スタンドバイミ―」や「グリーンマイル」などがあります。
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そうは言っても、昨今何でも「やばい」という言葉ですべてを表現している人が多いようです。
悲しくてやばい。美味しくてやばい。嬉しくてやばい。
「やばい」がゲシュタルト崩壊しそうです。
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そんなとても便利な言葉「やばい」ですが、最近突然できた言葉ではなく、その歴史は案外古く、江戸時代にその語源が生まれ変化し今に至るそうです。
「やば」という言葉は「都合が悪い」といった意味で、江戸時代に使用されており、 「やばい」の語源については諸説あるものの、有力な説としては「いやあぶない」が転じて「やばい」となった、というものがあり、もともとは、盗賊などが使った言葉が一般にも広まったということです。
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それから時は流れ、1980年代頃から若者の間で「怪しい」「おかしい」「格好が悪い」などの意味で使われ始めます。
さらに、90年代に入ると「凄い」「魅力的」などといった肯定的な意味での使われ方でも使用され始めます。
そして、現在では何の感情をも表すことも可能なまるで万能調味料のような言葉となりました。
調味料で例えるとめんつゆのような存在となり、「まじ」と双璧を成す便利な言葉として広く使われています。
日本で「やばい」を一年間にもっとも使用しているのは、おそらく、出川哲郎か、渋谷のプロトタイプのギャルかどちらかでしょう。
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語彙が少ないほどストレスがたまりやすく、キレやすくなるなんて話もありますので、空いた時間に本を読むなどしてはいかがでしょうか?







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人は善よりも悪に傾く。

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いつの時代でも論議の的となる人は生まれつき善であるという性善説、反対に人は生まれつき悪であるという性悪説は、紀元前の頃に、中国の儒学者によって唱えられたといわれています。
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性善説とは、人の「性」は善であっても放っておけば悪を行うようになってしまうため、「聖人の教え」や「礼」などによることが必要であると説いている。つまり、元々、生まれながら悪い人はいないが人は簡単に悪に染まるから気をつけなはれな!というのが性善説であって決して、「生まれながらの悪人なんていないだから放っておいても悪事を行わない」という楽観主義ではないそうです。
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一方、性悪説は人間の本性は欲望的存在にすぎないが、後天的努力(すなわち学問を修めること)により公共善を知り、(人間の本性は根本的に変えられないとしても)礼儀を正すことができるとして、(性善説同様に)教育の重要性を説いたものです。
なので、決して人は生まれながらに罪びとであるや生まれながらの悪人であるという意味ではないのではき違えなく。
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皆さんはどちらに共感できますか?
日本は世界的に見ると比較的性善説よりであるそうです。
昔からの諺にも「情は人の為ならず」「渡る世間に鬼は無し」「盗人にも一分の理」など比較的、人は本来良い人間ばかりなのですよ。あの人も人の子話せばわかる。なんて雰囲気の言葉が多いですからね。
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世界の国々では性悪説が圧倒的に多いです。
日本や台湾以外は全ての国と言ってもいいくらい性悪説の国は多いです。
例えば、海外旅行に行った際、盗難にあっても盗まれる人間が悪いと言われますよね。
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そのような窃盗を生業にしている方からすると日本人は疑うことを知らず、危機感がないのでいいカモであるそうです。
海外では、誘拐事件が多いため、誘拐していないのに「5分以内に金を振り込まないとお前の子供を殺す」と脅して金銭を巻き取る事件はあっても、オレオレ詐欺のようなものはありません。
あったとしても、日本のようにたくさんの被害者が出ることがないのでやる人がそもそもいないみたいです。
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義理人情の溢れた優しい日本の文化は素晴らしいのですが、グローバル化が進む昨今、ある程度は、他国の性悪説の文化を見習うのもいいかもしれません。

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幸福であるには二つの道(欲望を減らすか持ち物を増やすか)がある。

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あなたは今、幸福ですか?と聞かれるとなんとお答えになりますか?

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自分が幸せかどうかは、他人が決めることでなく、あくまで自分自身の主観で決まります。
今現在、自分自身のおかれた環境に満足していれば他人にどう思われていようと満足し幸福だと感じていれば、その人は幸せだと思います。
傍から見たら、一見不幸に見える状態であってもそんな事は、自分の幸福度とは関係ないということです。
そうは言っても、自分が幸せかどうかの基準は他人との比較または、過去の自分と比較した自己評価で下していると思います。
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人の多くは、現状に満足せず、もっと上へ上へと目指す方や他人の人生に比べて自分の人生はなんて不幸なのかとお思いの方が多いと思います。
幸福であるための手段は、自らが高望みせず現状に満足する、あるいは、自らの欲望を叶えるため、より高みを目指すかのいずれかです。
それは、他人が決めることではありませんので、どちらが本当に幸せなのかは、わかりません。
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日本は、世界的に見ると、豊かで安全な国であると思います。
しかし、世界の幸福度ランキング(世界幸福度報告書)では、156か国中43位と思ったよりも低い順位です。
このランキングは、「一人当たりGDP」「健康寿命」「頼ることができる人の存在」「人生の選択での自由度」「汚職のなさ」「寛大さ」という6つの要素からスコアリングを行い評価されます。
福祉制度などでよく比較に出される北欧各国が上位を占めています。
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他国に比べて、日本人特有の気質として、「出る杭は打たれる」という気質があります。
例えば、ある一定の人間だけが優遇されいる状態にある場合、海外の場合、「その人たちだけでなく、自分たちも同じ優遇を受けるように抗議します。」しかし、日本人の場合は、「その優遇をなくし、自分たちと同じ待遇にするよう抗議します。」
その結果、後者は不平等はなくなるものの、誰一人幸せになれません。

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誰しも生活していく中で、その度合いは違えど、日々、幸福と不幸に巡り合い、自分が今幸せだとか、すごく不幸だという気持ちを繰り返し感じながら生きています。
喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉に「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。」という言葉があります。
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傍から見ていると人が羨む素晴らしい人生であっても、当人からしたら悲しき絶望の人生かもしれません。
人の人生を羨み、自らの人生を卑下してもなんの得にもなりません。
誰かの人生と比較するのではなく、自分の物差しで自らに与えられた人生を少しでも満足のいくものにしていくしかないのです。

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